文明の騒音、インクの闇
慶安のハクが
「沈黙」を飲み込んでから二百年あまり____。
時代は「音」を失うどころか、
耐えがたいほどの「ノイズ」に
満ち溢れようとしていた。
明治。
文明開化の号砲は、
同時に、かつてない質量を持った負債
――**「活字の呪い」**を産み落としたのだ。
私は、ロンドン仕立ての燕尾服を纏い、
文明の香りが漂う銀座の街角に立っていた。
馬車の車輪が石畳を叩く音、蒸気機関の咆哮。
だが、それらよりも遥かに
私の鼓膜を突き刺すのは、
街の至る所で売り歩かれる
「新聞」という紙片が放つ、
無数の邪念であった。
「号外! 号外!
没落士族の若旦那、
泥棒に成り果てる!」
人々の好奇心という名の指先が、
その紙片を汚していく。
紙に刻まれた「文字」は、
一度刷られれば消えることはない。
それは何千、何万もの目に触れるたび、
書かれた者の尊厳を薄紙のように
削り取っていく、近代的な拷問具であった。
「……そろそろですね。
二本目の柱が必要な頃合いだ」
私は、新聞社の裏手、インクの臭いが
立ち込める路地裏へと足を踏み入れた。
そこにいたのは、かつては名の知れた
旗本の子息でありながら、
今は新聞の刷り手として働く少年、
**伊織**だった___。




