第壱乃鳥居:白鷺色の産声
慶安三年の冬。
ハクの肉体は、ついに限界を迎えた。
彼女の胸元までが完全に白鷺色の石と化し、
その肺は、もはや空気ではなく
「怨嗟の霧」で満たされていた。
彼女の口からは、時折、石と石が擦れ合うような
「カチ、カチ」という音が漏れる。
それが、四百年後に有馬蓮が耳にする
「石化した舌」の、最初の一音であった。
「時が来ました、ハク」
私は、江戸の幕府から遣わされた
普請奉行たちを呼び寄せた。
※普請奉行:江戸幕府の武家職名で、
城郭・御所・堤防・橋など
土木・建築工事全般を管轄する役職
彼らは、ハクの姿を見て腰を抜かした。
一人の少女が、白く輝く、それでいて
この世のものとは思えぬ禍々しい
石像へと変貌していたのだから。
私は、ハクのまだわずかに体温が残る額に、
最後の手を置いた。
彼女の左目から、最後の一滴
――最も純度の高い「朱色」が零れ落ちる。
「ご苦労様でした。
あなたの絶望は、これで完成した」
私は命じ、彼女の肉体(石)を粉々に砕かせた。
その粉末は、白鷺の羽のように白く、
触れる者を凍りつかせるほど冷たかった。
その石粉いしこに、
彼女の涙から精製した朱色の顔料を混ぜ合わせ、
私たちは里の入り口に、巨大な鳥居を建設した。
一本目の鳥居。
それは、後に「白鷺色の鳥居」と
呼ばれることになる、九地無のシステムの起点。
完成した鳥居は、深夜、月明かりを浴びて、
狂おしいほどに美しく輝いた。
その鳥居をくぐる者は、
無意識のうちに己の中の
「汚れ」をそこに置いていく。
ハクという器が、
今度は巨大な門ゲートウェイとなって、
永遠にこの国の負債を飲み込み続ける仕掛けだ。
普請奉行の一人が、完成した鳥居を見上げ、
震える声で呟いた。
「……これで、飢饉は収まるのでしょうか」
私は面(当時はまだ狐面ではなく、
ただの白い布であったが)の下で、
音もなく笑った。
「ええ。収まりますよ。
民衆は、この鳥居の美しさに目を奪われ、
その下に誰の骨が埋まっているかなど、
二度と思い出さないでしょう」
私は、ハクの本体であった
「石化した舌」だけを懐に収め、里を去った。
私の体内で、ハクの舌が微かに脈動し、
彼女が飲み込んだ数万人分の絶叫が、
心地よい子守唄となって私を揺らした。
これが、最初の収穫。
日本という国の「清廉さ」を維持するための、
最も残酷な嘘の始まり。
ハク――
九地無の初代御神体。
彼女の沈黙は、四百年後の未来、
デジタル電波に乗って絶叫する有馬蓮へと、
確かに引き継がれていくのである___。
【第壱乃鳥居:完】




