喉を焼く聖域
里の最奥。
日光さえも届かぬ鍾乳洞の中に、彼女を据えた。
私は彼女の前に跪き、
彼女の細い首に手を掛ける。
その肌は、驚くほど冷たく、瑞々(みずみず)しかった。
これからこの肉体が、醜い石の塊へと
変わっていくことを思うと、
微かな愉悦さえ覚える。
「ハク。
お前の仕事は、何も語らぬことだ。
ただ、この国が吐き出す『汚れ』を、
代わりに食べてあげるだけでいい」
私は、懐から一振りの針を取り出した。
それは九地無の里に代々伝わる、
呪詛を吸着させる「石灰の針」だ。
私は、彼女の柔らかな喉に、
最初の一刺しを加えた。
「……っ……!!」
声にならない絶叫が、洞窟内に木霊する。
彼女の目から溢れたのは涙ではない。
凝縮された悪意の滓が、
朱色の液体となって頬を伝う。
私はその液体を、
丁寧に刷毛はけで掬い取った。
一月ひとつきが経つ頃には、
ハクの喉は完全に「石」へと変わっていた。
彼女が呼吸をするたびに、
洞窟の外から「風」が吹き込む。
それは物理的な風ではない。
日本中から集まってきた、
名もなき民衆の怨嗟が、
電磁波のような指向性を持って
彼女の喉へと吸い込まれていく音だ。
彼女がそれを飲み込むたび、
彼女の指先が、足首が、少しずつ
白鷺色に硬直していく。
私は毎日、彼女の横に座り、
その進行を観察した。
彼女の瞳は、日に日に光を失い、
代わりに石特有の冷徹な輝きを宿し始める。
「素晴らしい。
有象無象の呪いが、
お前の中で『平穏』という
名の石に精製されていく。
これこそが、この国の真の姿だ」
私は、彼女の石化した腕を愛おしく撫でた。
ハクは、もはや人間ではなかった。
彼女は、この国の負債を清算し続ける、
生きた「神社」そのものへと
昇華されつつあった___。




