マタニティーキーホルダーを見たら席を譲りましょう
「ニュースです。本日未明、愛知県名古屋市港区のガーデンふ頭臨港緑園にて、正体不明の生物の目撃情報が寄せられました。目撃者の証言によりますと、十数メートル程の巨大な生物がガーデンふ頭臨港沿岸に打ち上げられ、持っていたスマートフォンで撮影を・・・・」
「おはよう、お母さん。なんかすごいニュースやってるね」
「おはよう、聖ちゃん。そうなのよ、スマホで撮影した映像暗くてよくわからないし、すぐ消えちゃったんですって。怖いわねー」
昨日デモンズ・ゲートとの戦いを終えた私達は、そのまま町に戻り、戦利品の確認をと思ったが、一時間強の死闘に疲れ果て、その日はそのままログアウトすることにした。
「それじゃ、いってきます」
「はい、行ってらっしゃい。……あら?どこにいくの?」
「えっと、友達とVRカフェに…」
今日は日曜日、学校はないが、ナギとミサと気分を変えてリアルで会い、そのままVRカフェからペルグランデ·オンラインへログインしようという算段だ。
「ガシャン!」と部屋の奥から何かが割れる音がした。
「聖子が!友達と!休日に!お出掛け……だと!?」
割れたのは父が持っていたコーヒーカップだったようだ。
父は割れたコーヒーカップを意に介さず、足早にギコの前まで移動すると財布から一枚のお札を取り出し、ギコに差し出した。
「楽しんできなさい…」
「い、一万円!?お父さん、今日は正月じゃないケド…」
「父さんにとっては正月なんかよりも……うぅ」
そう言いかけて、父は眼鏡を少し上げて目頭を押さえた。
(父上、ご心配をおかけしました。聖子は友達ができました。ペルグランデ·オンラインとヘットギアで全財産を使ってしまっていたので、正直物凄く助かります!)
「ありがとう、お父さん、いってきます」
母は父の後ろから満面の笑みで小さく手を振っていた。
待ち合わせのVRカフェはペルグランデ·オンラインを買ったゲームショップの近くだ。今回は財布の中身が潤沢なので、迷わず電車に乗り、心地よく揺られていた。…はずだった。
はずだったのである。
電車は満員と言うほどではないが、そこそこ混んでいて、席に座れたのは運がよかった。
目的地まであと二駅というところで、となりに黒の学ランを来た大男が座ってきた。
大男は鞄を抱き抱えこみ、自分が大きいことを気にしてなのか足を閉じ、背中を丸めて縮こまっている。
体は大きいし厳つそうな雰囲気ではあるが、見た目に反して周りに気を使っている彼の姿勢が少し微笑ましかった。
次の駅に着き、またぞろぞろと人が乗ってきたことで。車内はさらに混みだした。
ふと私の視界に、鞄にぶら下がったあるキーホルダーが目に入った。知っている、これはマタニティーキーホルダーだ。
キーホルダーの持ち主を見るために視線を上げると、眉をひそめ、少し具合の悪そうな20台後半くらいの女性の顔があった。お腹は目立つほど大きくはないが、妊婦なのであろうことが窺える。
「あのぅ…、よかったら座ってください」
私は迷わず声をかけた。
「え、あ、いいんですか?」
「ええ、私次の駅で降りますし、座ってください」
「どうもありがとうございます」
人とのコミュニケーションがうまいほうではないが、こういった定型文なら幾度となく脳内シュミレーション済みだ。
妊婦の女性に座ってもらい、その正面に立ってつり革を掴むと、先ほどの学ランの大男の顔が目に入った。
眉をへの字に曲げ、目を丸く見開き、タコのように突き出した唇に白い歯が見えている。先ほどまで鞄を抱えていた手は代わりに頭を抱えこちらを見ている。
(ええっ!なに!?どういう感情!!?)
わからない、なんの感情がその表情を生んでいるのか。しかし目線は私をとらえているのは確かだ。
目線が合わないように外を見る、しかし私の周辺視野はしっかりと彼の視線を感じている。




