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王と妾妃の愛物語  作者: 一乃松可奈
1章 王太子宮
22/26

22話

シシルは、自分が周りから良くは思われていないことを知っていた。


「今日は、お願いがあって参りました。――貴女様に、王太子宮を去っていただきたいのです」


だから、その言葉を告げられた時も、それほどの衝撃は受けなかった。

今、王太子宮の中は荒れている。

下っ端メイドの一人にすぎなかったシシルにとって、今周りにいる者は全て、自分よりも身分が上の者たちばかりだ。

着替えを手伝ってくれる傍付きのメイドでさえ、行儀見習いに来てる貴族の令嬢だ。

「お綺麗ですわ」とシシルを誉めそやすメイドたちの目は――冷たい。

その目からは、「何でこんな平民の小娘なんかに」という思いが透けて見えていた。

傍付きのメイドでさえそうなのだから、正妃となったマリアベルの心情たるや筆舌に尽くしがたい物があるだろう。

(ねた)み、(そね)み、(こび)、嫌悪。

今の王太子宮には、様々な感情が渦巻いている。

この間のメイドたちのような、些細な嫌がらせは日常茶飯事だ。


「貴女様がおられると、宮内にいらぬ争いが起こります」


シシルの前に立ったアルバは、そう言って唇を噛み締めた。

本当なら、こんな事など言いたくなかったのだろう。

辛そうなその表情から、そんな思いが伝わってくる。

エスタント国は小さい。

内に火種を抱えておけるほど、余裕があるわけではない。

王族の婚姻は、そのまま政治だ。

臣下との結びつきを強くしたり、他国との繋がりを得たり。

婚姻による影響は計り知れない。

ルイトの正妃となったマリアベルとの婚姻もそうだ。

二人の婚姻は、国のために必要不可欠な婚姻だった。

マリアベルの生国とこの国で結ばれることになった同盟。

その同盟の証として、マリアベルがルイトの下へ嫁いできたのだ。

数多ある小国の一つにすぎないこの国が他国に侵略されずに生きていくための後ろ盾を得るために、何としてでもマリアベルとの婚姻は――その生国であるオズワルド国との関係を維持するために――破談させてはいけなかった。

だというのに、ルイトは大切にするべき正妃を大切にしていない。

この間はついに、離縁を促すような言葉まで口にしたらしい。


「――っ」


ぐっ、と歯を噛み締める。

国とシシル一人のどちらかを選ばなければいけないとしたら、迷うまでもなく国を取るべきだ。

なのに、ルイトは必至でシシルを切り捨てない道を探し、国よりもシシル一人を選ぼうとしてしまっている。

シシルはメイドとしての教育しか受けていない。

そんなシシルの学力は、それほど高くない。

それでも。

王太子であるルイトと幼い頃より共に育ってきたシシルには、この国の置かれている立場をある程度理解出来るだけの知識があった。

だから、分かってしまう。

自分の置かれている状況が、いかに危ういかということを。

ルイトの幼少時からのお目付け役であるアルバは、その役目を受ける前、ルイトの祖父が在位中はこの国の宰相だった。

そのこともあり、王太子宮における彼の発言力は宮の主であるルイト次いで大きい。

彼には妾妃になる前も、なった後も、とても良くして貰った。

宮での生活は、彼の優しさに救われた所も大きい。

そんな彼が言うほどなのだ。

かなり事態は深刻なのだろう。

正妃に迎えられたマリアベルは、今回ようやく同盟を結ぶことの出来た国の王女。

片や妾妃であるシシルは、貴族ですらない平民の娘。

なのにルイトは「愛しているのはシシルだけだ」と言って(はばか)らない。

それがいかに不味い事なのか。

学の殆どないシシルでさえ、分かる。

でも。

シシルにルイトを拒むだけの強さなどなく、むしろ、その事に喜びを感じてしまうのだ。

そんなシシルの言葉など、ルイトが取り合うわけもない。


『周りには勝手に言わせておけ』


そう言うルイトが容易に想像出来る。

シシルでさえ分かる事を、ルイトが分からないはずがない。

分かった上で、ルイトはシシルを選んだのだ。

愛されてる。

そんなこと、シシルだって分かってる。

だけど、それでは駄目なのだ。

この国に、他国からの圧力をはね除けられるほどの力はない。

ルイトがマリアベルを蔑ろにし続ければ、ようやくのことで結ぶことが出来た同盟が崩れ去ってしまうだろう。

そうなれば、他に大きな後ろ楯もないこの国はおしまいだ。


(好きなだけでは、駄目なのよ……っ)


同盟を結んだ国の姫と、後ろ盾もない平民の娘。

どちらを取るべきかは――、火を見るより明らかだ。

なのに、ルイトはシシルを選ぶ。


(私はルイト様の為にならない)


むしろ、シシルはルイトの足枷(あしかせ)だ。

シシルがいるせいで、ルイトの立場が悪くなっている。

愛されているのは、分かっている。

シシルだって、ルイトを愛してる。

だが、そのせいでルイトの立場が悪くなるなんて。

とても耐えられる物ではない。

ルイトが王太子として、王位を継ぐ為に頑張っていることを知っている。

口では「面倒だ」と言いながらも、国の為にいろんな事を学んでいることを知っている。

そんなルイトを支えたかった。


――「ずっと傍にいろ」


傍にいると、約束した。

傍にいたかった。

だけど――。


(私がいたら、駄目なんだ……)


このまま、シシルが宮にいればルイトはシシルだけを愛し続けるだろう。

だがそうすれば、ルイトは王太子の地位から下ろされることにもなりかねない。

アルバが言いたいのは、そういうこと。

シシルとアルバは、妾妃とお目付け役という立場の違いはあるものの、ルイトが王になることを願う同士でもあった。


「王太子宮を出た後の生活は、私が全力を持って援助いたします」


ルイトに王になってほしいと願うのは、どちらも同じ。

だからシシルには、彼の気持ちが痛いほどに理解出来た。

でも。

どうしても、思ってしまう。

シシルはルイトが好きで、ルイトもシシルが好き。

それだけのことなのに。

どうして、それだけでは駄目なのだろう?

視界がボヤける。

胸が、苦しかった。


「すみません、シシル様。すみません……っ」


どれほど謝っても、謝りたりない。

アルバとて、ルイトとシシルの二人が想い合っているのを知らないわけではない。

むしろ、他の者よりも深く知っている。

だからこそ、こんな言葉を言いたくなどなかった。

二年前、シシルをルイトの正妃とすることが出来ていれば、このようなことになることはなかった。

同盟のため、何か不条理な要求がされたかもしれないが、それでもマリアベルが嫁いで来ることはなく――。

だが、あの時は周りの反発が凄まじく、妾妃とするのがやっとだった。

せめて、シシルが平民の出でなかったなら、風当たりはここまで酷くはなかっただろう。

シシルにもっと身分があれば――それだけが悔やまれる。

頭を下げ続けるアルバの姿が、(にじ)んでいた。


――「おれ、ハオウになるんだ!」


シシルの耳の奥で、幼い声が聞こえる。

目を輝かせて教えてくれた、彼の夢。

深く息を吸って、呼吸を整えた。


「アルバ様、頭をお上げください」


顔を上げたアルバを、まっすぐに見つめる。

元より、シシルの答えなど一つしかない。


「……分かりました。城を出て行きます」


ギュッと手を握り締め、シシルは固く目を閉じた。


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