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王と妾妃の愛物語  作者: 一乃松可奈
1章 王太子宮
23/26

23話 城を出て

 王太子宮を出たシシルは、王都の裏通りに立ち並ぶ民家の一つに身を寄せていた。

 この民家に暮らしているのは、昔アルバの屋敷で働いていたという、元使用人の老夫婦だ。

 アルバの暮らす屋敷や彼の家(ゆかり)の別宅でないのは、見つかる危険性が高いためである。


 買い物かごを持って歩く女の人。

 笑いながら駆けていく子供たち。

 疲れた様子で通り過ぎる男の人。

 道行く人々を眺めていたシシルは、コンコンと響いたノックの音にドアを振り返った。


「シシル様、昼食の準備が整ったようです」


 入ってきたのは、一人の青年だ。

 年はシシルよりも少し上だろうか。

 襟足にかからない程度の長さの黒髪に、精悍な顔立ちをしている。

 王太子宮から抜け出す際、アルバから引き合わされたのが彼だった。

 彼の手引きの下、シシルは誰にも見つかることなく王太子宮を抜け出したのだ。

 彼の名前はラファード。

 アルバの屋敷では、使用人として働いていたらしい。

 彼はシシルが老夫婦の家に身を寄せた後も離れることなく、こうして何くれとなく世話をしてくれている。

 入口に立つラファードを見て、シシルは困ったように眉を下げた。


「何度も言ってますが、様付けで呼ぶのはお止めください。もう妾妃ですらありません。妾妃でない私は、様付けされるような身分ではないのですから……」


 シシルは、王太子宮から逃げ出した身だ。

 もう誰かに(かしず)かれるような立場ではない。


「いいえ。アルバ様が大切になさっている方を、呼び捨てには出来ません」


 ラファードは首を振った。

 頑固だ。

 何度頼んでも変わらないその答えに、シシルは目を伏せ、内心で溜め息を吐く。

 窓際からドアの方に歩きながら、シシルはドアの前に立つラファードを見た。

 引き合わせて貰った時に聞いたアルバからの話では、彼はそれなりに剣の腕が立つようだ。

 まだ年若く、将来有望だろう彼を、自分の逃亡生活に付き合わせることになってしまっている今の現状に、申し訳なく思う。

 幼い頃に行き倒れている所をアルバに助けられたのだというラファードは、アルバに対し、とても大きな恩を感じているようだ。

 そんな彼にシシルが何を言ったところで、どうしようもないのかもしれない。

 そう分かっていても、問いかけずにはいられなかった。


「本当によろしかったんですか?貴方なら、他に道はたくさんあったはず。今からでもアルバ様の屋敷に戻れるよう私から――」

「またその話ですか?」


 もう何度も聞いた質問を口にするシシルに、ラファードは呆れたような表情を浮かべる。

 彼女が気に病む必要はないと言うのに。

 ラファードは全て納得済みで、アルバからの頼みを受けたのだ。

 戻る気があるなら、初めから受けたりはしない。

 それに、恩人であるアルバに頼まれたからだけじゃない。

 確かに最初はそうだった。

 だけど今はそれだけじゃない。

 追い出される形になったというのに、恨み言一つ言わず、他の者のことばかり気にする、この心優しい少女を護りたいと心から思うから。


「俺はアルバ様より、シシル様のことを頼まれています。放り出す気はありませんよ」

 

 ラファードはシシルを見返して、はっきりと答えた。



◇◇◇◇◇



 昼食を食べ終わると、ラファードは家の主人でもある老人と共に外へ出て行った。

 数日前に壊れた塀の修理をするらしい。

 パシャ、パシャ。

 桶に溜めた水で食器を洗っていく。

 食事の後片付けは、数少ないシシルの仕事だ。

 最初はそんなことはさせられないと断られたのだが、シシルが押し切った。

 何もしないでいるのは、心苦しすぎたのだ。

 シシルに出来ることは、少ない。

 逃げ出し、身を隠している立場上、シシルが家の外に出るのは好ましくない。 

 外に出ることが出来ないシシルは庭先へ出ることさえ自粛している為、買い物は勿論、洗濯さえ満足に出来ない。

 せめて料理くらい出来れば良かったのだが、城の中で育ったシシルは料理をしたことがなかった。

 シシルが誰かに自信を持って出せる物があるとすれば、ルイトが美味しいと褒めてくてた紅茶くらいだ。


「……っ」


 ふとした瞬間、ルイトのことを思い出す。


(ルイト様……)


 彼のことを思い出すと、胸の奥が苦しくなる。

 きっと勝手に逃げ出したシシルのことを、怒っているだろう。

 だけど、シシルにはこの道以外、選べなかった。

 本当は、ずっと一緒にいたかった。

 でも、そんな自分の想いより、彼の夢の方が大切だった。

 きっと、何度同じ時に戻れたとしても、シシルの答えは変わらない。

 だから、キツく目を閉じてシシルは自分の想いに蓋をする。


「何か考え事ですか?」

「っ!」


 肩が大きく跳ねた。

 びっくりしてシシルが振り向くと、この家の奥方である老女の姿があった。


「すみませんね。驚かせてしまったようで」

「いえ……」


 小さく首を振るシシルに、老女は優しく笑いかける。


「今、外で焼き菓子を買ってきたんですよ。よかったら、一緒にいかがです?」


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