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王と妾妃の愛物語  作者: 一乃松可奈
1章 王太子宮
18/26

18話

「昨日は随分と楽しんだみたいだな?」


隣に座るルイトに他に聞こえない程度の声量で囁かれて、マリアベルはチラリと横目でルイトを見た。

ルイトの顔はマリアベルの方には向けられていない。

彼の視線は、目の前で跪き、陳情する臣下に向けられたままだ。

マリアベルは内心で嘆息した。

今は、王太子であるルイトが管理を任されている地方の一つを統治している臣下からの陳情を受けている最中だ。

普段ルイトは来客の対応をマリアベルに押し付け、彼自身は出てこないことが多い。

それが今日は珍しく出てきたと思えば――、そういうことか。

よほど昨日のお茶会がお気に召さなかったらしい。


「許可は取っていたはずですが?」


王太子宮はその名の通り、王太子であるルイトの為の宮だ。

正妃といえども、許可無く何かをすることは出来ない。

そのため、マリアベルは事前にルイトにお茶会を開く許可を貰っていた。


「茶会を開くことはな。だが、あれを招くなど聞いてないが?」

「まぁ、どなたに聞かれたのかしら?」


話しながらも、二人の視線の先は臣下の方に固定されている。

謁見して陳情という形をとってはいるが、陳情の内容は全て事前に書簡にまとめられており、ルイトたちは補佐官であるマクベルからそれを受け取っている。

今やっているのは、形式上の物だ。

言う内容も、聞く内容もすでに決まっている。

つらつらと既に決まっている口上を述べる臣下の言葉を聞き流し、二人のやり取りは続く。


「あれは告げ口などはせん」


ひと呼吸開けて、ルイトは忠告した。


「一つ、言っておく。――あいつに手を出すな」


シシルは同年代の女たちから嫌われやすい。

平民であり、王太子の寵愛を一身に受けているというその立場が、やっかみの原因となるようだ。

逆に、男たちからの評価はルイトに近しい者になればなるほど高い。

シシルと直接触れ合って、彼女の人となりや行いを身を持って知っているからだ。

まぁ、そのせいで周囲の女たちからの心象がさらに悪くなっているのだが。


「っ、」


これ以上手を出すようなら容赦しない、というルイトのきっぱりとした宣言に、マリアベルは息を飲んだ。

しかし表情を崩したのは一瞬で、すぐに取り繕う。

息を吸って、心を落ち着ける。

何を取り乱すことがある?

どうせハッタリだ。

ルイトとマリアベルの婚姻は、同盟の為の政治的な物だ。

マリアベルに何かすれば、彼女の母国であるオズワルド国が黙っていない。

今回の同盟が破棄される危険性だってある。

何か出来るはずなどない。

そう思うのに、心に一抹(いちまつ)の疑念が残る。

――本当にそうだろうか?

そんな風に思ってしまう弱気な自分を認めたくなくて、マリアベルは去勢を張る。

口角を上げて、切り札を口にした。


「そのような事を言って宜しいのですか?同盟が――」

「同盟など知ったことか」

「な……っ」


思わず、臣下の前だということも忘れ、隣に座るルイトに顔を向ける。

ルイトは前を向いたままだ。


「あいつを犠牲にしないと守れない同盟など、こっちから願い下げだ」

「……王太子ともあろう方が言っていいことではありませんわ」

「周りが勝手に言ってるすぎん」


国王の子供はルイトだけではない。

王位を継ぐのが、ルイトである必要はない。

というか、貴族連中辺りはその方を望んでいるだろう。

ルイトは喉の奥で、低く笑う。


「王になど、なりたい奴がなればいいんだ。……どうした?当てが外れたか?」

「――っ」


視線だけを寄越して、ルイトは口端を持ち上げた。


「離縁したければ止めはせんぞ?」

「……冗談じゃないわ」


ルイトの方に向けていた顔を前に戻し、絞り出すようにマリアベルは答えた。

マリアベルの中を、苦々しい感情が支配する。

視線の先では、二人のやり取りなど気付いていないというように、淡々とした口調で臣下の陳情が続いている。


「貴方は……、女のために国を捨てるというの?」


ポツリ、とマリアベルが問いかけた。

それに、ルイトは鼻で笑う。

女のために国を捨てる?

国かシシルか?

その問い掛けで、ルイトに揺さぶりをかけるつもりだろうか?

だとしたら無意味だ。

答えは、とうの昔に決まっている。


「何も王の子は俺だけじゃない。が、愛する女は一人しかいない。シシルだけだ。――比べるまでもないだろ?」


王位など、彼女(シシル)と引き換えにしてまで欲しくはない。


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