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王と妾妃の愛物語  作者: 一乃松可奈
1章 王太子宮
19/26

19話

バシンッ。

持っていた扇子を床に投げ付ける。

後ろに控えているメイドたちが怯えるように身をすくませたが、それを気にする余裕はない。


――「離縁したければ止めはせんぞ?」


つい先ほど聞いたばかりの言葉が耳に蘇って、マリアベルはきつく唇を噛みしめた。

離縁など、出来るわけがない。

離縁しても、もはや自分に帰る場所はないのだ。

オズワルド国に、自分の居場所などない。

今回結ばれた同盟。

同盟の話自体は、エスタント国の方から話を持ち掛けて来たということだが、この王太子との結婚については、オズワルト国の――おそらくは兄の発案だろう。

マリアベル=ヴィ=エスタントには兄がいる。

マリアベルは、自分が兄から(うと)まれているのを知っていた。

オズワルト国一の才女と謳われた妹。

そんな妹に、兄は自分の立場が奪われるのではないかといつも疑心暗鬼だった。

事実、マリアベルの方が兄より勉強も人望も優れていた。

そのため、兄は妹であるマリアベルを城から追い出したがっていた。

そこにきて今回の同盟の話が湧いた。

しかもその相手は長い間仲違いをしている田舎小国だ。

この結婚の真相は、兄が脅威に思い、疎んじている妹を、田舎の小国に厄介払いした。

そういうことだ。

マリアベルは分かっていた。

女は跡継ぎにはなれないのが、決まり。

この話をどうにか断ったとしても、結局いつかはどこかへと嫁がされる。

それならば――、

例え小さくとも国を内側から手に入れようと。

そう思っていたのに。


――「王になど、なりたい奴がなればいいんだ。……どうした?当てが外れたか?離縁したければ止めはせんぞ?」


ギリ……ッ。

歯を食いしばる。


「誰が帰るものですか……っ」


周囲の者は、妹と兄が逆ならば――と皮肉げに噂した。

兄が優れていたのは妹よりも先に生まれたことと、男だということのみ。

兄はどこまでも凡人で。

周りの口さがない大人たちの噂もあって、マリアベルをひたすら恐れていた。

勉強も実技も妹が上。

事実、兄の方を第一子だからと後継者とすることを疑問視する声や妹が女であることを嘆く声は、そこかしこで上がっていた。

王である父は自分の地位に固執して子供など道具としか思っておらず、王妃である母は自分が着飾ることにしか興味がなく、王太子である兄は妹を疎んじている。

そんな国へ、今さらどうして帰れるというのか。

帰ったところで、彼女の居場所はない。


「……っ」


唇を噛み締める歯に力が入って、口内に鉄の味が広がる。

生温かく、ぬるりと嫌な感触がした。


「冗談じゃないわ」


マリアベルは先ほどルイトに答えたのと同じ言葉を、もう一度呟いた。

そう、冗談じゃない。


(これで帰ったら、とんだ笑い者よ)


そんなことはマリアベルの高い矜持(きょうじ)が許さない。

それくらいならば、まだこの国で――。


――「愛する女は一人しかいない。シシルだけだ」


ふいに、ルイトの言葉が蘇る。

その声と共に思い出されるのは、昨日のこと。

昨日、マリアベルはお茶会を開いた。

用意周到に手回しをした、一人の少女を貶めるためだけのお茶会を。

全てを、マリアベルは計算していた。

まず、わざと間違った時間を知らせお茶会に遅刻させたことで周りに時間を守らないような人物だという認識を与え、そして本人にはマリアベルに敵意を向けられているということに気づかせる。

さらに、たくさんの令嬢がいる中で彼女一人だけドレスの色が違うことを指摘して彼女があのお茶会の場で孤立無援の状態であることを理解させた上での、あの微笑だ。

何もなくとも、裏を考えてしまうのは当然。

何か入っているのでは――と不安になったことだろう。

後は、震えてカップに手をつけない。

それで良かった。

その場合、悪く言われるのは彼女――シシルの方だ。

なぜなら、紅茶の中には毒など入っていなかったのだから。

どれだけルイトが(かば)おうが、毒が入っていない以上、シシルの方が勝手に言いがかりをつけたことになる。

招待したお茶会にわざと遅れ、出した紅茶にも口をつけない。

周りはマリアベルに同情するだろう。

そうなる予定だった。

マリアベルの中では。

だが。

彼女は紅茶を飲んだ。



沈黙に包まれたテーブルで何も話そうとしないマリアベルに困惑し動揺する彼女を見て、正直、落胆していた。

あの男が選んだのは、こんな何の取り柄もなさそうな平凡な少女なのかと。

失望の感情が湧いた。

取るに足らない少女だと思った。

だけど。

マリアベルの予想を裏切って紅茶を飲み、そして――。


彼女は、笑ったのだ。


周り全てを敵で囲まれていながら、それでも毅然とした態度で。

昨日見た、彼女の笑顔を思い出しながら、マリアベルは唇を噛み締める。

そうしないと胸の中に溢れるぐちゃぐちゃとした様々な思いが、口から出てしまいそうだった。

理解出来なかった。

周りには味方なんて一人もいなくて。

むき出しの悪意に晒されて。

生まれのせいで、好きな男を独占することも許されず。

他の女と共有しなくてはいけない。

それなのに、どうして――。


(貴女は、笑っていられるの?)


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