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王と妾妃の愛物語  作者: 一乃松可奈
1章 王太子宮
17/26

17話

“色合わせ”という遊びがある。

貴族の令嬢の間で流行っている遊びだ。

元は王国の貴族の間で発祥した遊びで、パーティーやお茶会など貴族の令嬢が集まる場において事前に示しあわせ、参加する者たちは小物やドレスを同じ系統の色で統一する。

勝ち負けの判定は実に単純で、同じ色をより多く揃えた者が勝つ。

シシルは会場の中を見回した。

ピンク、赤、紅……。

同色とまではいかないものの、シシルを除く全員が赤系統のドレスを着ている。

偶然、などではないだろう。


(そういうこと……)


思ったところで、今更遅い。

マリアベルたちは赤系統のドレス、シシルは緑系の若草色のドレス。

一人だけ違う色。

それはつまり、シシルに横の繋がりがないこと、彼女がこのお茶会に参加している令嬢たちの中で一人だけ孤立していることを示している。

令嬢たちの冷たい視線から逃れるように、シシルは俯いた。

くすくすと、令嬢たちが笑う。

笑い声に混じって、それまでシシルたちの様子を伺っていた他のテーブルの令嬢たちもヒソヒソと会話を始めた。

たくさんの言葉が会場中から聞こえてくる。


「殿下も、このような者のどこがよろしかったのか……」

「妃殿下がお可哀想」

「男に取り入るのが、ほんと上手いこと」

「大して可愛くもないのに、殿下はどこがそんなにお気に召したのかしら?」

「平民の分際で……」


言葉の端々(はしばし)に混じる聞くに堪えない侮蔑の言葉。

視線。

陰湿な貴族の世界が、そこにはあった。

目の前からも、加虐の喜びを滲ませたような声が聞こえた。


「王太子妃という正式な妻を娶られたのですから、メイド上がりの妾妃など、さっさと臣下に下げ渡してしまえばよろしいのに」


薄紅色のドレスの令嬢の言葉を、周りに立つ令嬢たちが笑って同意する。

その時――。

パンッ。

乾いた音が会場に響いた。

ピタリと、会話が止まった。

音のした方に視線を動かせば、テーブルの上で両手を合わせたまま座っている騎士団長の娘の姿。

今の音は、彼女が両手を打ち鳴らした音なのだろう。

騎士団長の娘は向けられる視線に何も言わず、二つ隣にいる人物へと己の顔をむける。

周りも釣られるように、視線を動かした。


「まぁ、皆さん。そのようなことをおっしゃらないで?」


周りにいる全員の視線が自分に向く中、マリアベルはにこりと笑った。


「妃殿下が、そうおっしゃるのでしたら……」


渋々ながらも頷いた令嬢たちに、マリアベルは満足そうに笑う。

そして、笑いながら彼女は言った。


「殿下ほどの方を私一人で満足させられるなどと、思い上がってはおりませんもの」


要は、お前も思い上がってんじゃねぇぞ、と。

そう言いたいわけだ。

シシルはコクンと口の中の唾を飲み込んだ。


「ごめんなさい。お気を悪くされたかしら?」


シシルに顔を向けたマリアベルは、申し訳なさそうに眉を下げる。


「いえ……」

「良かった。仲良くいたしましょうね」


ホッと安心したように息を吐き、マリアベルは微笑んだ。


「――はい」


嫌だと、言えるはずもなかった。

白く変色しそうなほど、強く膝に置いた手を握る。

ふいに、あら、とマリアベルが声を上げた。


「まだカップに口を着けておりませんのね?」


今気付いた、というようにマリアベルが言った。

視線はシシルのカップに注がれている。

忘れていた。


「ええ……。すみません、今いただきます」


頷いて、カップに手を伸ばす。

その時だった。

くすりと、意味深にマリアベルが笑った。


「――っ」


ぞわりと、何か冷たい物がシシルの背中を走る。

カップの持ち手に触れようとしていた指が止まった。


(何か、入ってる……?)


流石に致死に至るような毒薬ではないだろう。

おそらく入っていても、痺れ薬か下剤あたりといったところか。

しかし、そんな予想が出ても、シシルに飲まないという道はない。

心臓の鼓動が大きくなる。

これは王太子妃主催のお茶会だ。

ここでシシルがカップに口をつけなければ、王太子妃の勧めたお茶を飲まなかった、ということになる。

それはそのまま王太子妃への侮辱と捉えられかねない。

気づかれない程度に視線を動かして、シシルは周りを伺った。

皆、笑っている。

とても楽しそうに。

その周りの悪びれない表情を見て、シシルは判断を下す。


「どうかなさいまして?」

「……いえ、何でもありません」


止まっていた腕を伸ばしカップの持ち手に指をかける。

そして――。


「……」


コク、と喉が上下する。

少しの渋みと鼻腔を抜ける甘い香りに、シシルはふわりと微笑みを浮かべた。


「美味しいです」


マリアベルの顔が僅かに崩れた。

楽しげに微笑むだけだったその顔に、驚きの色が混じる。


「……何故飲まれたのかしら?私が何かを入れていたとは思われなかったの?」


それともそんなことが想像も出来ないほどお目出度いの?

揶揄(やゆ)の滲むマリアベルの問いかけに、シシルはゆっくりと首を振って――、微笑む。


「マリアベル様はそのようなことなさいませんもの」


マリアベルはかなり頭がいい。

それをシシルは今までのやり取りで感じとっていた。

ドレスの色あわせから茶会での会話、全てがマリアベルの手の内だ。

しかも自分から何か行動するのではなく、周りを思うように動かしている。

つい半月前に来たばかりであるにも関わらず、すでに敵国ともいえるこの国の令嬢たちを自分の味方に引き入れてしまっている。

驚くべき人身掌握術だ。

そしてだからこそ、シシルはカップに口をつけた。

頭のいいマリアベルがそのようなことをするはずがないから。

自身が主催する茶会で、恋敵とも言える妾妃に毒を盛るなど自分を疑えと言っているようなもの。

頭のいい彼女がそんな愚策を選ぶわけがない。

彼女が本気でシシルを害するなら、自分が首謀者だと気付かれない、気付かれたとしても責めることが出来ないほどの完璧な隠蔽を持って挑んでくることだろう。

このお茶会に出席してから今までの短い間に聞かされた、たくさんの心無い(あざけ)りの言葉。

冷たい侮蔑の目。

いくつもの嘲笑。

それら全てを受け止めて飲み込んで、シシルは笑った。


――それが、この場で彼女に出来る唯一のことだから。



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