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氷の皇太子の仮面の下は、没落婚約者への狂愛で満ちている  作者: 迦陵れん


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ローレンツ編 5

「殿下、もう限界ですよ。これ以上アネット様を追い詰めれば、彼女の心が壊れます」


 ディミトリの冷ややかな指摘は、すでにボロボロだった俺の心に深く突き刺さった。


 バルドゥール家を告発する準備はすべて整った。来週の夜会で、あいつらは確実に破滅する。あと少し、あと数日でお前を大手を振って抱きしめられる――そう自分に言い聞かせていた夜、俺はディミトリから信じられない報告を受けた。


「アネット様が、素性を隠して街の仕立て屋から刺繍の内職を受け持っているようです」


 内職……? 没落したから、生活費が必要だとでも思ったのか?


 俺は、自分が彼女に「施し」という最低の言葉を使ったことを思い出し、目の前が真っ暗になった。彼女は俺の金を、俺の温情を、拒絶しているのだ。


 気がつけば、深夜にもかかわらず彼女の部屋の扉を激しく押し開けていた。


 机の上に散らばる大量の布と糸。そして、慌ててそれを背中に隠すアネットの痛々しい姿。


「アネット……!? お前、何をしているんだ。なぜそんな貧相な内職のようなことをしている!? 欲しいものがあるなら、なぜ俺に言わない!」


(俺はお前に、世界中の富をすべて与えたいのに! なぜそんな傷だらけの手で針を握っているんだ!)


 俺の怒りは、すべて自分への不甲斐なさだった。しかし、アネットは真っ直ぐに俺を見据え、氷のように冷たい声で言い放った。


「これ以上、殿下にご迷惑をおかけしたくありません。私は……自分の力で生きていくための蓄えが必要なのです」


(――自分の力で生きていく?)


(俺の側から、消えるつもりなのか……?)


 心臓が、恐怖で凍りつく。


「俺の金が不満か! お前はアスラント皇太子の婚約者だぞ! 頼むから……俺を、俺の力を頼れ!」


 それは命令ではなく、血を吐くような懇願だった。俺を捨てないでくれ、俺の愛を受け取ってくれという、無様な叫びだった。だが、アネットは美しく、残酷に微笑んだ。


「お言葉ですが殿下。私はもう、ただの『飾り』なのでしょう? ならば、せめて中身くらいは、自分の力で立っていたいのです。殿下の重荷になりたくありません」


 お前は飾りなんかじゃない。重荷なんかであるはずがない。


 だが、過去の俺の「完璧な冷徹の演技」が、すべて鋭い刃となって俺自身に返ってきた。俺の言葉が、彼女をここまで追い詰めたのだ。


「用が済みましたら、お引取りください」


 完全に心を閉ざした彼女の瞳を見て、俺はそれ以上何も言えず、逃げるように部屋を飛び出した。


 翌朝、俺が彼女の部屋に向かったとき、そこには何もなかった。


 ただ、俺が贈ったあの青いサファイアの首飾りと、**『殿下の重荷にならぬよう、恥晒しの私は去ります。どうかセリーヌ様とお幸せに』**という、絶望的な書き置きだけが残されていた。


「――っ、あああああああ!!!!」


 俺は私室で、獣のように咆哮した。


 違う、違うんだアネット! 俺が愛しているのはお前だけだ!


「ディミトリ!!! 騎士団をすべて動かせ! 国境を封鎖しろ! 何をしてでも、世界を滅ぼしてでも、アネットを連れ戻すぞ……!!」


 理性が完全に決壊した。俺の、狂気と絶望の捜索劇が始まった。










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