ローレンツ編 3
翌日、庭園の東屋。
アネットが、あのサファイアの首飾りを身につけて現れた。
地味なドレスに、あまりにも鮮烈な青。だが、それが彼女の気高さをより一層引き立てていて、俺の心臓は狂ったように鼓動を刻んだ。やはり、世界一似合う。
「ふん……まあ、悪くない。我が国の面汚しにはならんようだ」
心臓が口から出そうなのを隠すため、あえてぶっきらぼうに品評する。アネットはただ、「ありがとうございます」と人形のように微笑んだ。その距離感が、もどかしくて堪らない。
そこへ、急な公務の伝令が入った。
「すぐに戻る。ここで待っていろ」
そう言い残して席を外したが、胸騒ぎがして、俺は異例の速さで公務を片付け、東屋へと引き返した。
遠くから見えた光景に、俺の血は一瞬で沸騰した。
セリーヌ・フォン・バルドゥール。アネットの実家を嵌めた、あの邪悪な女が、アネットの首元を扇で指差して嘲笑っている。
急いで近づくと、セリーヌが俺に気づき、甘ったるい声を上げて擦り寄ってきた。
「ローレンツ殿下ぁ! 没落したアネット様では、国の恥ですわ。ぜひ、このセリーヌを隣に――」
俺の瞳は、怒りで底知れないほど冷たく凍りついていた。今すぐこの女の首を撥ねてやりたい。
だが、まだバルドゥールの不正の全容は掴めていない。ここで俺がアネットを庇えば、この狂女とその実家は、アネットを「明確な排除対象」として命を狙い始めるだろう。
アネットを守るためには、この女の前で、アネットに価値などないと言い切らなければならない。
俺は、自分の心臓を自らナイフで突き刺すような心地で、血を吐くような「演技」を始めた。
「……バルドゥール令嬢。アネットはただの、我が国の温情を示すための『飾り』に過ぎん」
(違う。俺の、俺だけの唯一無二の宝だ)
「夜会に出さぬのもその意だ。君がそんなものに、いちいち目くじらを立てる必要はない」
(そんなものじゃない……! 頼む、アネット、俺を見るな、その言葉を聞かないでくれ……!)
アネットの顔から、完全に血の気が引いていくのが見えた。
その絶望に染まった表情を見た瞬間、俺の理性がメリメリと音を立てて軋んだ。守るための嘘が、彼女を生きながら殺している。
「では、失礼いたします……」
アネットが去っていく。その背中を追いかけたい衝動を、俺は血が出るほど唇を噛み締めて堪えていた。
(待ってくれ、アネット……! あと少しだ、あと数日で、あのゴミ虫どもを全員地獄へ送る……! だから、だからそれまで、俺を信じてくれ……っ!!)
心の中でいくら叫んでも、彼女には届かない。
俺の完璧すぎる「冷徹な演技」が、二人の間の亀裂を、修復不可能なほどに深めていくのだった。




