スライムそうめん流し
《深淵の鍋》の店内は、いつもより少し賑やかだった。
今日はガルドが考えた新企画「スライムそうめん流し」の初日である。
厨房ではガルドが大きな桶の中で、透明でプルプルした「流水スライム」を丁寧に伸ばしていた。
スライムを細長く加工し、冷たいダシ汁の中で泳がせるという、見た目も涼しげな夏向けメニューだ。
「どうだ、エレナ! これなら涼しくて面白いだろ?
客が箸でスライムをすくいながら食べる『流しそうめん』スタイルだ!」
エレナは無表情で桶の中を眺め、淡々と言った。
「流水スライムは温度が上がると粘度が低下し、急に滑りやすくなります。
また、生きているので箸で強く突くと逃げます。
……正直、非効率的です」
「そういう細かいことはいいんだよ! 客が楽しめれば儲けもんだ!」
開店すると、早速何人かの冒険者たちが興味津々で集まってきた。
特に常連の若い剣士パーティ「紅の牙」の3人が、目を輝かせてカウンター席に座った。
「おお! 本物の流しそうめんかよ! 面白そうじゃねえか!」
ガルドがダシ汁を流し始め、透明なスライムがツルツルと流れてくる。
冒険者たちは箸を構えて夢中になってスライムを追いかけた。
「うわっ、逃げる! こいつ動くぞ!」
「待て待て、俺の獲物だ!」
スライムは箸が近づくと、するりと逃げたり、急に方向を変えたりする。
店内は笑い声と歓声で溢れた。
しかし、時間が経つにつれて問題が発生した。
温度が上がってきたせいか、スライムがどんどん柔らかくなり、箸で掴もうとした瞬間に――
**ぷちゅっ!**
スライムが爆発するように飛び散り、客の顔や服にべっとりくっついた。
「うわっ! 俺の目にスライムが入った!」
「熱っ! なんか体に染み込んでくるぞ!?」
流水スライムは体温に反応すると、微量の麻痺成分を出す性質があった。
顔や手にくっついた客たちは、次第に表情が緩み、動きがぎこちなくなっていった。
紅の牙のパーティリーダーである剣士・レオンが、半笑いの顔で言った。
「へへ……なんか……体がふわふわする……でも美味い……」
隣の弓使いの少女が、頰を赤らめながらエレナに話しかけた。
「エレナちゃん……このスライム、なんか変な感じ……気持ちいい……」
エレナは無表情のまま、冷たく答えた。
「麻痺成分による軽い陶酔効果です。
心配ありませんが、食べ過ぎると二時間ほど動けなくなります」
ガルドが慌てて叫んだ。
「エレナ! 客がみんなトロトロになってるぞ!」
エレナは淡々と提案した。
「現在、店内は『スライムそうめん流し+陶酔コース』に移行しました。
追加料金は一人八百ゴールド。
動けなくなった方は、店で二時間休憩していただけます。
英雄の証をお持ちの方は、特別に一千五百ゴールドです」
すると、意外にも紅の牙のメンバーたちが笑いながら財布を出した。
レオンがニヤニヤしながら言った。
「ははっ……いいじゃねえか。たまにはこんな馬鹿なことするのも……冒険だろ?
エレナ、追加で一皿くれ。……動けねえけど」
弓使いの少女も、ふにゃふにゃした笑顔でエレナを見つめながら言った。
「エレナちゃん……冷たい顔してるけど、優しいよね……」
エレナはわずかに眉を動かしただけで、平坦な声で答えた。
「優しさではありません。利益です。
動けなくなったお客様からは、追加でドリンクも注文していただきます」
閉店後、ガルドはぐったりしながら言った。
「今日は客との交流は深まったけど……店がスライムまみれだぞ」
エレナは床とカウンターにこびりついたスライムの残骸を掃除しながら、淡々と言った。
「利益は上々でした。特に紅の牙のパーティは常連化しそうです。
次は『逃げにくい硬めスライム』を使って、もっと効率的に流しそうめんを……」
ガルドはため息をつきながら、看板に新しい注意書きを追加した。
看板には、エレナの綺麗な字でこう書かれていた。
『スライムそうめん流しは、食べ過ぎると動けなくなります。
トロトロになりたい方は追加料金にて対応いたします。
おすすめしません。』
最後に一言。
勘定は、必ずお支払いください。
――エレナより




