伝説の卵焼き
辺境の街「黒鉄の宿場」の端っこにある居酒屋《深淵の鍋》は、相変わらず繁盛していた。
店主ガルドが厨房で大声を上げている。
「よし、今日の目玉はこれだ! ダンジョン最深部から持ち帰った『不死鳥の卵』を使った卵焼きだ!」
客たちがどよめいた。
不死鳥の卵――伝説級の超高級食材である。一度火を通しても、時間が経てばゆっくりと再生するという恐ろしい性質を持つ。
ガルドは自信満々に卵を割り、丁寧に溶き、鉄板に流し込んだ。ふわふわと黄金色に焼き上がる様子に、客たちは息を飲んだ。
そこへ、いつものように無表情で立っている銀髪の助手、エレナが静かに近づいてきた。
「主人。不死鳥の卵は一個十二万ゴールドです。原価率が危険水域です」
「うるせえな。たまには豪華なもん出して客を呼ぶのも大事だろ」
「大事なのは利益です。感情は不要です」
やがて卵焼きが運ばれると、店内は大盛況となった。
一口食べた大斧の戦士が、目を丸くして叫んだ。
「うおおっ……! この卵焼き、食った瞬間、体の中から力が湧いてくる……! 俺、不死身になった気がするぞ!」
隣の魔術師も頷く。
「確かに……魔力の回復が異常です。まるで蘇生魔法をかけられたような……」
すると、次々と客たちが興奮し始めた。
「この卵焼きを食えば死なないんじゃないか!?」
「伝説だ! 本物の不死の味だ!」
ガルドは少し得意げだったが、エレナは相変わらず冷ややかだった。
実は彼女は、開店前にこっそり不死鳥の卵の特性を調べていた。
不死鳥の卵は「火を通すと一時的に生命力を高める」効果がある。しかし、完全に火が通っていない部分が残っていると……
その時だった。
最初に卵焼きを食べた大斧の戦士が、突然テーブルに突っ伏した。
「う……うわあああ! 体が……体が熱い!」
次の瞬間、彼の腕が、ぷつりと新しく生えてきた。
さらに、首のあたりから小さな頭がニョキッと出てきた。
店内が凍りついた。
「な、なんだあれ……!?」
「不死鳥の再生能力が……体内で暴走してる!?」
次々と卵焼きを食べた客たちの体に異変が起きた。指が余分に生えたり、耳が二つ増えたり、背中に小さな翼が生えかけたりと、奇妙な「部分的不死化」が始まった。
店内はパニックに陥った。
ガルドは青ざめながら叫んだ。
「エレナ! どうすりゃいいんだこれ!」
エレナは無表情のまま、冷静に答えた。
「不死鳥の卵は、完全に火を通さないと再生が止まりません。現在の状況は、半熟部分が原因です」
「じゃあどうすんだよ!」
「解決策は一つです」
エレナは厨房から巨大な火炎魔法の杖を取り出し、淡々と宣言した。
「全員を、もう一度しっかり焼きます。火力は最大で」
客たちが悲鳴を上げた。
「待て待て待て! 俺たちを焼く気か!?」
「英雄の証がある者は、追加料金を頂きます」
エレナの冷たい一言で、店内は再び静まり返った。
結局、その日は大慌てで客全員を「再加熱」することになった。幸い、完全に火を通した後は余分な部分が綺麗に消え、皆元に戻った。
しかし、客たちはトラウマを抱えながらも、妙に満足げだった。
「いや……でも、美味かったのは本当だな」
「また食べたい……けど今度は完全に焼ききったやつで」
閉店後、ガルドはぐったりと椅子に座りながら言った。
「お前な……不死鳥の卵なんか出すんじゃなかった」
エレナは床を拭きながら、平坦な声で答えた。
「利益は出ました。原価は高かったですが、客の『また来たい』という欲求が大幅に上昇しています。次は『完全加熱済み不死鳥の卵焼き』を、倍の値段で出す予定です」
ガルドは天井を仰いだ。
「……お前は本当に、客を食い物にしてるな」
エレナはわずかに首を傾げ、こう付け加えた。
「違います。食材はダンジョンから、客は金から来ます。両方有効活用しているだけです」
その夜、新たな注意書きが加わった。
看板には、エレナの綺麗な字でこう書かれていた。
『不死鳥の卵焼きは完全に加熱してお出しします。
半熟をご希望の方は、追加で蘇生料を頂きます』
ガルドはため息をつきながら、明日の仕入れリストに「安全そうなキノコ」を追加したのだった。
最後に一言。
勘定は、必ずお支払いください。
――エレナより




