極上チーズフォンデュと赤い牙の思い出
《深淵の鍋》の厨房では、ガルドが大きな陶器の鍋を火にかけながら上機嫌だった。
「今日の新メニューはこれだ! ダンジョン深層『白銀の乳洞』で採れた『極上チーズ』を使った本格チーズフォンデュ!
最高級のクリーミーさとコクが自慢だ。危険な副作用もほとんどない、安心の逸品ぞ!」
エレナが無表情で補足した。
「極上チーズは味と香りが非常に優れていますが、温度管理を誤ると急激に固まる性質があります。
熱いうちに食べないと、すぐに固まって石のようになります」
そこへ、裏口から明るい声が響いた。
「ルル、来たよー!」
ルルが元気よく登場し、すぐにエプロンを着けた。
「わあ! 今日はいい匂い! ルルも手伝うね!」
エレナ:「……了承します。ただし、魔法は控えてください」
ほどなくして、常連の「赤い牙」パーティの4人が店に入ってきた。
レオンが鼻をひくつかせながら笑った。
「おっ、今日はかなり上品な匂いがするな。珍しいじゃねえか」
ミアが目を輝かせた。
「チーズフォンデュ! 楽しみ!」
4人が席に着き、熱々の極上チーズフォンデュが運ばれてきた。
ルルがにこにこしながら説明した。
「ルルも少しだけかき混ぜたよ! すごくおいしそうでしょ?」
レオンがパンにたっぷりチーズを絡めて一口食べ、目を細めた。
「……うおっ、これは本物だ。
クリーミーで深いコクがあって、めちゃくちゃ美味い!」
ミアも幸せそうな顔で言った。
「溶け具合が完璧……! 今まで食べたフォンデュの中で一番かも」
ダンとシーラも頷きながら夢中で食べ始めた。
しかし、食べ始めてから数分後、異変がゆっくりと訪れた。
レオンの口の周りが、チーズの影響で少し固くなり始めた。
ミアが慌てて言った。
「ちょっと……私の口が……固まってきてる!」
ダンはパンをくわえたまま、顎が動かなくなってきた。
「う……うごかない……顎が……!」
シーラは冷静さを保とうとしたが、舌がチーズに絡まって上手く動かせなくなり、
珍しく焦った表情を浮かべた。
「…………舌が固着した……」
ルルはカウンターから身を乗り出して大喜びした。
「わー! みんな口が固まってる! かわいいー!」
エレナが冷たく分析した。
「極上チーズは冷めると急激に硬化します。
現在、皆さんの口腔内でチーズが固まり始めています。
中和剤をお出しします。追加料金で」
レオンは固まりかけた口で、なんとか笑いながら言った。
「はは……美味すぎて……固まるなんてな……」
ここでレオンが、ふと昔を思い出すように語り始めた。
「俺たち、昔は本当に堅いパーティだったんだ。
『鉄壁の盾』って名前で、安全第一、冒険より依頼の成功率を重視してた。
でも、ある時、深層で大ピンチになって……食料が尽きて、冷たいだけの保存食しかなくて、
みんな無言で食ってたんだよ。
その時、俺が思ったんだ。
『こんな味気ない飯を食いながら冒険してて、楽しいのか?』って。
それで名前を『赤い牙』に変えた。
『美味いものを食らいながら、歯を立てて生きる』って意味だ。
……それ以来、この店に通うようになった」
ミアが固まりかけた口で微笑みながら言った。
「この店に来るようになってから……冒険が楽しくなったよ。
危険な食材を食べて、失敗して、笑って……
それが今の赤い牙なんだよね」
ダンが顎を押さえながらも笑った。
「溶けても、固まっても……ここに来ると、なんか生きてるって感じがする」
シーラも小さく頷いた。
「……たまには、こうして失敗するのも悪くないわ」
ルルは目をキラキラさせて4人を見つめ、明るく言った。
「赤い牙のお兄ちゃんお姉ちゃん、みんなかっこいいね!
ルルも、いつか一緒に冒険したいな!」
エレナは中和剤を配りながら、淡々と言った。
「中和剤、追加料金です。
……ですが、赤い牙の皆さんの『楽しむ精神』は、一定の評価に値します」
ガルドは厨房からその様子を見て、満足げに笑った。
「相変わらず、うちの店は平和じゃねえが……
あいつらにとっては、それがちょうどいいんだろうな」
その日、赤い牙の4人は口や顎が固まったまま中和剤を飲み、
笑いながらフォンデュを完食した。
極上チーズのフォンデュは、味は最高だったが、
「固まる」という予想外の特性で、店内にまた一つカオスな思い出を刻んだのだった。




