ルルとガルドの料理教室
閉店後の《深淵の鍋》の厨房は、珍しく静かだった。
ルルがエプロンを着けたまま、ガルドの前にちょこんと立っていた。
いつもの明るい笑顔とは少し違い、真剣な表情をしている。
「ガルドおじちゃん……お願いがあるの」
ガルドは髭を撫でながら首を傾げた。
「どうした、ルル。珍しく真面目な顔してるじゃねえか」
ルルは両手をぎゅっと握りしめて言った。
「ルル、魔法を使わないで料理がしたいの。
エレナお姉ちゃんに『ルルは魔法に頼りすぎ』って言われたから……
ちゃんと、自分の力だけで料理ができるようになりたい」
ガルドは少し驚いた顔をした後、豪快に笑った。
「ははっ! それはいい心がけだ。
よし、今日は特別にガルドおじちゃんが、魔法抜きの料理を教えてやるよ!」
エレナは少し離れた場所で帳簿をまとめながら、淡々と言った。
「興味深い試みです。
ルルの魔法依存度がどれだけ高いか、よく観察させていただきます」
ルルはエレナをチラッと見て、むぅっと頰を膨らませた。
「見てて! ルル、今日は魔法を一切使わないから!」
ガルドはダンジョン産の食材を並べながら、優しく指導を始めた。
「じゃあ、まずは簡単なやつからな。
今日は『溶岩貝のガーリックバター焼き』を作ろう。
この貝は火加減が命だ。魔法で火力を調整しちゃダメだぞ?」
ルルは真剣な顔で頷いた。
「うん! ルル、頑張る!」
調理が始まった。
最初は順調だった。ルルはガルドの言う通りに貝を洗い、ニンニクを細かく刻み、バターを溶かした。
しかし、問題はすぐに起きた。
「わっ、火が強すぎる! 貝が跳ねてる!」
「落ち着けルル! 弱火にするんだ。焦るな!」
ルルは慌てて火を弱めたが、今度は逆に火が弱くなりすぎて、貝が全然焼けない。
「うう……全然焼けないよぉ……」
ガルドが笑いながら横から助言した。
「火加減は目で見て、耳で聞いて調整するんだ。
魔法みたいに一瞬で決めちゃダメだぞ」
ルルは額に汗を浮かべながら、何度も火加減を調整した。
普段は魔法で簡単に済ませていた作業が、こんなに難しいことに気づき、顔が真っ赤になっていた。
ようやく完成した溶岩貝のガーリックバター焼きを、エレナが試食した。
エレナは無表情のまま一口食べ、淡々と言った。
「……味は悪くありません。
ただし、火加減のムラが目立ちます。貝の半分が少し硬いです」
ルルはショックを受けた顔でうなだれた。
「うう……やっぱりルル、ダメだ……」
ガルドはルルの頭を優しく撫でながら言った。
「バカ言うな。初めてでこの出来なら上出来だ。
魔法に頼ってた頃より、ずっと味に『気持ち』が入ってるぞ」
ルルは目をぱちくりさせた。
「気持ち……?」
「ああ。料理はただ火を通すだけじゃねえ。
『美味しくしてやりてえ』っていう気持ちが大事なんだ。
お前は今、それを出そうとしてる。いいことだ」
ルルは少し照れくさそうに笑った。
「えへへ……じゃあ、もう一回やってみる!
今度はもっと上手にやるよ!」
その後、ルルはガルドの指導のもと、もう一度同じ料理に挑戦した。
二回目は明らかに火加減が安定し、貝の焼き加減も良くなっていた。
エレナが二回目の試食をして、わずかに目を細めた。
「……改善が見られます。
魔法を使わない場合の成長速度は、予想より速いです」
ルルはガルドに向かって満面の笑みで言った。
「ガルドおじちゃん、ありがとう!
ルル、魔法を使わない料理も、もっと頑張ってみるね!
……でも、たまには魔法を使ってもいい?」
ガルドは大笑いした。
「はははっ! まあ、ほどほどにな」
ルルはエプロンの裾を握りしめながら、小さく呟いた。
「ルル、ちゃんと一人前になれるかな……」
その横顔は、いつもの無邪気な笑顔とは少し違って見えた。
エレナは無表情のまま、静かにその姿を見つめていた。




