踊るイカの天ぷらと銀髪の対決
《深淵の鍋》の厨房は、今日も騒がしかった。
ガルドが油鍋の前に立ち、豪快に宣言した。
「今日の新メニューは『踊るイカの天ぷら』だ!
地下湖で獲れた新鮮なイカを、カリッと揚げて提供するぞ!」
エレナが即座に反対した。
「危険です。油の飛び散りが激しく、火傷のリスクが高い。
シンプルに揚げるべきです」
そこへ、裏口から明るい声が飛び込んできた。
「ルル、来たよー!」
銀髪の幼女・ルルが元気よく登場し、すぐにエプロンを着けた。
「ガルドおじちゃん! 今日もルル、手伝うね! いいよね?」
ガルドはすでに諦めの境地で頷いた。
「……好きにしろ」
しかしエレナは珍しく強く反対した。
「ルル。今日は特に危険な料理です。あなたは厨房から出て見学してください」
ルルはにこにこ笑いながら首を傾げた。笑顔の奥に迫力が宿る。
「えー? エレナお姉ちゃん、ルルを追い出したいの?
……ルル、悲しいな。すごく、すごく悲しいよ?」
エレナは微動だにせず冷たく返した。
「悲しんでも効率は上がりません。
あなたの『手伝い』は損失の元です」
ルルがにっこり笑った。
「じゃあ勝負しようよ!
エレナお姉ちゃんの天ぷらと、ルルの魔法入り天ぷら。
どっちが美味しいか、おじさんたちに決めてもらおう!」
エレナの目がわずかに細くなった。
「……了承します。負けたら二度と厨房に入らないでください」
ルル:「負けたらエレナお姉ちゃんが毎日『ルル可愛い』って言う約束!」
二人は即座に調理を開始した。
エレナは冷静にイカを下処理し、薄めの衣を付けて丁寧に揚げていく。
一方ルルは、キラキラした光の粉を大量に振りかけながら、イカに「魔法の衣」を施した。
そして同時に油へ投入——
**ジュワァァァァ!**
エレナ側のイカは比較的おとなしく揚がったが、
ルル側のイカは光の粒を撒き散らしながら激しくダンスを始め、油が盛大に飛び散った。
ルル:「わー! イカちゃんがディスコしてる! かわいいー!」
エレナ:「……油が私のエプロンに飛びました。これは損失です」
完成した天ぷらは二種類で提供された。
- エレナ風:シンプルでサクサク、味がしっかり染みた上品な天ぷら
- ルル風:キラキラ光りながら激しく踊り続ける、派手でカオスな天ぷら
常連のおじさんたちが試食を始めると、店内は大爆笑に包まれた。
おじさんA:「エレナちゃんのは美味いけど……なんか真面目すぎるな!」
おじさんB:「ルルちゃんのはイカがまだ踊ってる! 口の中でタップダンスされてるぞ! はははっ!」
ルルはカウンターから身を乗り出して大声で聞いた。
「ねえねえ! どっちが勝った?」
おじさんたちが顔を見合わせ、ほぼ同時に叫んだ。
「両方美味いけど、ルルちゃんの勝ちだー!
だって面白いもん!」
ルル:「やったー! ルルの勝ち!」
エレナは無表情のまま固まった。
ルルはエレナの前にぴょんっと飛び出し、満面の笑みで指を差した。
「エレナお姉ちゃん、約束だよ!
これから毎日、ルルのこと『ルルちゃん可愛い』って言ってね!
朝でも夜でも、ちゃんと大きな声で!」
エレナの顔が、初めてはっきりと引きつった。
「……毎日、ですか?」
ルル:「うん! 一日十回は言ってほしいな!」
常連のおじさんたちが大爆笑しながら囃し立てた。
「おおー! エレナちゃん、言え言え!」
「ルルちゃん可愛いって言ってみろよ!」
エレナは無表情を必死に保ちながら、か細い声で言った。
「……ルルちゃん、可愛い……です」
ルルは両手を挙げて大喜び。
「もっと大きな声でー!」
エレナ:「…………ルルちゃん、可愛いです」
ガルドは厨房の奥で腹を抱えて笑い転げていた。
結局その日、エレナは閉店まで十回以上「ルルちゃん可愛い」を連発させられ、
店内は常連のおじさんたちの大笑いで大盛況となった。
閉店後、エレナは無表情のまま床を掃除しながら小さく呟いた。
「……これは、明らかな損失です」
ルルは隣でタルトを頰張りながら、にこにこ笑っていた。
「エレナお姉ちゃん、今日も可愛かったよ!」
ガルドはただ、髭を撫でながら天井を仰ぐしかなかった。




