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悪役令嬢に転生した信長、こちらの世界でも天下統一を狙います  作者: hiroe
美濃攻略――令嬢、版図を拡げる

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9/22

下克上の作法

 エルヴィンからの密書が届いたのは、ヴォルフ軍が撤退してから三週間後のことだった。


「準備が整いました。男爵の家臣十二名のうち七名が同意。城内の警備兵の過半数を掌握。領民への根回しも完了。決行の合図を待ちます」


 ノブナは密書を読み終え、静かに頷いた。


「見事だ。一月とかからなかったか」


「男爵への不満が、予想以上に深かったのでしょう」ヘルムートが答えた。「エルヴィンの根回しが巧みだったこともありますが、それ以上に、きっかけさえあれば崩れる状態だったということです」


「熟れた果実は、自ら落ちる。だがそれは、内側から腐っていたということでもある」


 ノブナはフリードリヒとガルドを呼び集め、軍議を開いた。


---


「シュタインベルクへ進軍する。だが、戦闘は最小限に留める」


 地図を広げたノブナの第一声に、フリードリヒが片眉を上げた。


「最小限、ですか。城攻めとなれば、どうしても――」


「城は攻めぬ。内側から開く」


 ノブナは地図のシュタインベルク城を指差した。


「エルヴィンが内応を手配している。城門は内側から開かれる。我々は城下町を押さえるだけでよい」


「なるほど。だが、男爵の直衛兵が抵抗する可能性は」


「ある。だが、エルヴィンの掌握した兵が城内で男爵を包囲する。我々は外から退路を断つ。挟撃の形になる」


 フリードリヒは腕を組んで考え込んだ。


「……合理的な作戦です。だが、ノブナ様。一つだけ申し上げたい」


「何だ」


「これは、下克上です」


 大広間に静寂が落ちた。


「家臣が主君を裏切り、外敵と通じて城を明け渡す。騎士の道義からすれば、これ以上の不忠はありません。我々がこれを是とすれば、いつか我が家臣も同じことをするかもしれない」


 重い言葉だった。フリードリヒは忠義の人だ。オーデンヴァルト家に三十年仕え、ノブナに二度頭を下げた。その彼だからこそ、忠義の破壊を簡単に肯定できない。


 ノブナは老騎士を見つめた。


「フリードリヒ。その懸念はもっともだ。だが、一つ問いたい」


「はい」


「忠義とは、何に対するものだ。主君個人に対するものか。それとも、その主君が治める領地と民に対するものか」


「……」


「シュタインベルクの男爵は、民を苦しめ、家臣を使い潰している。エルヴィンが裏切るのは、主君の暴政から民を救うためだ。もしそれが不忠だというなら、暴政に加担し続けることは忠義なのか」


 フリードリヒは長い沈黙の後、深くため息をついた。


「……難しいことを仰る。だが、否定はできません」


「下克上には作法がある」


 ノブナは立ち上がった。


「力で奪うだけでは、ただの簒奪だ。だが、民のために、秩序のために、より良い統治のために主君を替える。それは――革命だ。必要なのは、大義と覚悟。そしてその後の統治で、正しさを証明すること」


 フリードリヒは静かに頷いた。


「わかりました。であれば、この老骨にできることを。攻略後の治安維持にあたらせていただきたい。混乱を最小限に抑えます」


「頼んだぞ、フリードリヒ」


---


 翌朝。ノブナは千五百の兵を率いてシュタインベルクへ向かった。


 フリードリヒの騎兵隊が先行し、街道の安全を確保する。ガルドは兵站と工兵を担当し、万一の城攻めに備えた道具も運んだ。ヘルムートは本陣でノブナの傍に控える。


 行軍は速やかだった。シュタインベルク領の国境を越えても、抵抗はなかった。国境の警備兵の大半がエルヴィンに掌握されていたからだ。


 城下町に到着した時、異変はすでに起きていた。


 後にエルヴィンから聞いた話では、決行の直前、男爵ディートリヒが不審を嗅ぎつけかけたという。近衛の兵が何人か持ち場を離れているのを見咎め、「エルヴィンはどこだ」と怒鳴った。あと半刻発覚が早ければ、城内は血の海になっていただろう。


 城の上に、シュタインベルク家の旗ではなく、白旗が掲げられている。


「エルヴィンが動いたか」


 ノブナが呟いた瞬間、城門が内側から開いた。


 現れたのは、黒髪の青年だった。甲冑に身を包んだエルヴィンが、厳しい表情で城門の前に立っている。その背後には、武装を解いた兵士たちが整列していた。


「ノブナ様。シュタインベルク城、お引き渡しいたします」


「状況は」


「男爵ディートリヒは城内で拘束しました。直衛兵二十名が抵抗しましたが、死者は出ておりません。すべて武装解除させました」


「見事だ。流血なし、か」


「エルヴィン殿のお約束通りです」


 ノブナは馬を降り、エルヴィンの前に立った。


「エルヴィン・フォン・シュタインベルク。そなたの覚悟と手腕に敬意を表する」


 エルヴィンは片膝をついた。


「すべては、あなたが目指す世界のためです」


---


 シュタインベルク城の大広間。


 鎖に繋がれた男爵ディートリヒが、ノブナの前に引き据えられた。


 四十代の大柄な男。かつては威風堂々としていたのだろうが、今は怒りと恐怖で顔が歪んでいる。


「き、貴様……エルヴィン、この裏切り者めが! 恩を仇で返しおって!」


 エルヴィンは無言で男爵を見下ろした。その目に迷いはなかったが、痛みはあった。


「恩、ですか。私が仕えた十年の間に、あなたは何をしましたか。民から搾り取り、諫言する者を罰し、才ある者を遠ざけた。私の忠義を、あなたは一度でも報いてくれましたか」


「黙れ! 家臣が主君に逆らうなど――」


「黙るのはそなただ」


 ノブナの一言が、男爵の怒声を断ち切った。


 紅い瞳が、冷たく男爵を見据える。


「ディートリヒ・フォン・シュタインベルク。そなたの統治は終わった。領民を苦しめ、才を潰し、己の欲のみで領地を食い潰した。そなたに統治者の資格はない」


「こ、殺すのか……」


「殺さぬ」


 男爵が目を瞠った。


「命は取らぬ。ただし、追放する。この領地から出よ。二度と戻るな。路銀だけは持たせてやる」


「追放だと……侮辱だ! いっそ殺せ!」


「侮辱ではない。慈悲だ」


 ノブナの声は静かだったが、有無を言わせぬ重みがあった。


「そなたが殺されるのは簡単だ。だがそれでは、次に失政をした領主も殺されることになる。私が作りたいのは、そういう世ではない。能力のない者は退場させるが、命までは奪わぬ。それが、私の定める秩序だ」


 男爵は呆然とした後、がっくりと肩を落とした。


 翌日、ディートリヒは馬一頭と路銀だけを持って、領地を去った。


---


 城が静まった夜。


 ノブナはシュタインベルク城の最上階に立っていた。


 第一部の終わりで、オーデンヴァルトの城から大陸を見渡した時と同じように。だが今度は、より高い場所から、より広い景色が見える。


「エルヴィン」


「はい」


 背後に控えていたエルヴィンに、ノブナは振り返らずに告げた。


「そなたを将軍に任ずる。シュタインベルクの軍の再編を任せたい」


「……私に、ですか。元の主君を裏切った者に、軍権を」


「裏切り者だからこそ、軍の忠誠がどれほど脆いか知っている。そなたは二度と、同じ過ちを犯すまい」


 エルヴィンは息を呑んだ。


「それに、そなたの知略は本物だ。流血なしで城を開けた手腕。それは武勇よりもよほど貴い」


「……ありがとうございます。必ず、ご期待に応えます」


 エルヴィンは深く頭を下げた。その灰色の目には、新たな主君への忠誠と、理想への希望が灯っていた。


 ノブナは窓の外を見た。北の山並みの向こうに、月が昇っている。


 グラーフェン。シュタインベルク。二つの領地を、武力ではなく調略と内応で手に入れた。


 だがこれは始まりに過ぎない。次は三つの領地をまとめ上げ、帝国東部の盟主となる。


「さて。切り取った領地は、治めてこそ意味がある。明日からが本当の仕事だ」


読んでくださりありがとうございます。

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