海月万花9 だって、可愛いんだもん
なんとなく神社の階段を上がっていく。
相変わらず、ここは別世界のように静かで夏の気配もなく涼しい。
境内にたどり着いた。
そこではこの天海神社の巫女さん天海來乃葉さんが箒で掃除をしていた。
俺に気が付いて笑顔で挨拶をしてくれた。
「こんにちは、翔琉さん。眉間にしわが寄っていますよ。お悩み事ですか?」
「ああ、いえ。そういうわけではないです」
「本当ですか?」
「勿論ですよ、毎日楽しく過ごさせてもらってます」
「それは良かったです」
悩みは勿論ある。今、この瞬間にも万花ちゃんを忘れてしまいそうだ。
けれどそれを相談したところでどうにもならない。
だからなんとなく後ろめたくて顔をそむけてしまった。ああ、これじゃあ悩みごとがあると言っているようなものだ。
そんな自分の様子に來乃葉さんは優しく微笑んだ。
「翔琉さんのやりたいように出来ているなら大丈夫ですよ。それでは私は用事があるので失礼しますね」
「はい、あの、ありがとうございます」
「別に感謝されるようなことは言ってないですよ」
絶対に気を使わせてしまった。來乃葉さんはそう言って本殿のほうに戻っていった。
再び一人になる。目に映るのは上へ続く階段。
この手前で万花ちゃんは…。
一日も経っていない出来事なのにとても昔のように感じる。
「やりたいように、か」
俺はそれが出来ているだろうか。今もこうしてうじうじ悩んでいるのに出来ているわけないか。
本当にどうしたものだろうか。もう、このまま万花ちゃんを忘れて円ちゃんやいつものメンバーと楽しく夏休みを過ごしていいんじゃないのか。だって、何もできない。
そのはずなのに。胸にあるこの重たいしこりはなんだろうか。
しばらく、俺はただ、立っていた。
だけど答えは結局出ない。旅館に戻ろう。そう思って踵を返した。
その時。
「見つけた」
振り向いた先には円ちゃんが立っていた。
「え?」
「え?じゃないよ。心配したんだよ。寝不足っていうから」
「あ、ああ、すまない大丈夫だよ」
円ちゃんは本当に心配そうに気遣ってくれている。なんだか申し訳ない気持ちになる、
「それとも万花ちゃんの事、そんなに忘れたくない?」
「え?」
「先輩、え?ばっかりだね」
まるで確信があるかのようにそう問いかけられてゾクリとしてしまった。
彼女は何でもないかのように話を続ける。
「もしかして好きだった?ほっとけない?気になるの?」
「…違う」
「そっかあ良かった。私は翔琉先輩が好きだよ。勿論、ラヴのほうで」
「…どうして?」
思わず疑問が出る。彼女に好かれるようなことはしていない。
むしろ初対面からグイグイくる円ちゃんにおどおどしていた記憶しかない。
「。今だってずっと悩んでる。だから、教えてあげる」
「…何を?」
円ちゃんは俺の疑問に対して艶やかに笑った。
「先輩は後悔してるんだよ。あの時、あの瞬間、手が届いていれば、どうにかなったかもしれないのに!ああ...!俺はどうしていつもこうなんだろう...!それが先輩のいい所であり悪い所、でもそこが好きなんだよね」
昨日の万花ちゃんと守莉のシーンをまるで見てきたかのように語る円ちゃんに少しの恐怖を感じる。だが、それよりも納得できた。そうだ。
「俺は変わろうとしていた。この夏休みをリア充として満喫しよう。楽しもうと。そう決意したんだ。なのに後悔したんだ。何もできないけど、何かしてあげたかった。共感できたんだ。あの子も変わろうとしていた。きっといつも変わろうとしていたんだろう。姉に認められたかった。自分を変えたかった。それを助けてあげたかったんだ」
カチリと嵌った。
「いいなあ、万花ちゃんは。私との夏休みは楽しくなかった?」
「いや、そんなことないよ。とても助けられた」
「じゃあ、私とこのまま夏休みを過ごそうよ」
気が付けば世界は二重になっていた。
神社の境内には俺と円ちゃん。そして時が止まったかのように動かない万花ちゃんと守莉がいる。
そして円ちゃんは俺に手を差し出している。
その手をつかめば、もう戻れない。不思議とそんな確信があった。
「ごめんな。こんな風に選ぶのもおこがましい事なのかもしれない」
「いいよ」
「そっか」
俺は円ちゃんに背を向けた。
万花ちゃんに向かって歩き出す。そのまま手をつかんだ。
世界が光に包まれ切り替わる。そんな感じがする。
背後で円ちゃんの声が聞こえる。
「翔琉先輩。青い蝶を見つけて。あれは私と万花の二人の約束なの。あとお姉ちゃんをよろしくね。それとそれと次会うときは返事を聞かせてね。折角告白したんだから!」
真っ白に世界が染まった。
場所は変わらず神社の中、ただ雨が降っていてそこには万花ちゃんと守莉がいた。
俺は反射的に走り出す。
「やっぱり、私じゃ駄目でした。ごめんなさい。翔琉先輩。本当にありがとうございました」
万花ちゃんはそう言って申し訳なさそうに頭を下げた。
ほんの数メートルの距離だ。少しで万花ちゃんにたどり着く。
手が届く。
「あ…」
今度は届いた。万花ちゃんの手を両手で掴む。
万花ちゃんが驚いたように目を見開いて俺を見ている。
「いいじゃないか!折角の機会だ。万花ちゃんポリタンクは頼んだよ!」
「翔琉!あなたねえ」
「…はい!ありがとうございます!!」
守莉は憤慨していたが万花ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
雨に濡れるのは置いといてゆっくりと確実に帰ればいいじゃないか。
子供じゃないんだから。守莉をそう宥めすかして、万花ちゃんが万一怪我をしないようにしっかり見ながら。三人で神社の階段を降りた。
問題は何も解決していないけど。俺は決意した。
この姉妹の問題に介入していくことを。
レイヴン稼業が忙しかった。何を書こうとしていたか忘れてしまったけど巻きで行きます。




