海月万花7 翔琉先輩?どうかした?
俺は意を決して口を開いた。
「せっかくここまで運んだんだ神社の下まで運んでみたら?」
「翔琉先輩…」
ああ、なんて平凡な発言だ。長く生きてきたとはとても思えない。
だがしかし、俺と守莉でしっかりサポートしながら万花ちゃんが水を運ぶというのは良い提案だと思う。
どうせ運ばなければならないのだし、最後までやり遂げさせるのは良いことではないだろうか。
「ダメよ。万が一があったらどうするの」
「…やっぱり」
ただ、その提案は無慈悲にも却下された。
俯いたまま動かない万花ちゃんもだが守莉の表情も良くない。嫌な流れだ。
「やっぱり…本物じゃないから認めてくれないの?」
「万花ちゃん?」
「違う…違うの…あなたが心配だから」
万花ちゃんが守莉から一歩距離をとる。それは深く広い溝のように感じられた。
いつの間にか雨脚が強くなってきた。
「私は、私は認めてほしかった。お姉ちゃんの妹になりたかった」
「…あなたは私の妹よ。たった一人の大切な妹」
「違うよ。だってまどかちゃんはもっと信頼されてた。信用されてた」
「…そんなことないわ」
「私は守ってもらってばかり。心配されてばかりでそれが当たり前。でもいつかは認めてもらえると思って頑張ってた。だって守られている私が悪いから。でもやっぱり私はダメダメで、何をしても叱ってすら貰えない」
また一歩。万花ちゃんは距離をとる。
「でも、私なりに頑張ってたんです。まどかちゃんの夢でもある究極のふわもちパンをつくろうとしてみたり、青い蝶を探そうとしてみたり」
この会話が終わればどうなるのだろうか。唐突にそんなことを思う。
万花ちゃんはまるで別れを告げるかのように言葉を紡いでいる。感じていた嫌な予感が最高潮に達した。
じっとりとした汗が服にへばりつく。どうすればいい。どうすれば。
「万花ちゃん!!俺は事情がよく分からないけど。この夏休み、いろいろ手伝ってもらって、とても助かった。責任感の強い信頼のできる一人の立派な人間だ。だから戻ろう!!」
「翔琉先輩…ありがとうございます………」
「翔琉の言う通りよ万花。このままじゃ風邪をひいてしまうわ。帰ってから改めて話し合いましょう。さあ、翔琉はポリタンクをもって帰りましょう」
「あ…」
「守莉…!」
俺は思っていたことを叫んだ。それは確かに万花ちゃんに届いたように感じた。
ただ、俺が思っていた以上に万花ちゃんも守莉も追いつめられていた。
守莉の発言は今のこの状況においてどこまでも相応しくないものだろう。でもその表情はどこまでも慈愛に満ちたものだった。
だからこそこの後に起こる決裂は必然だった。
万花ちゃんは喜びと悲しみを織り交ぜたような、そんな顔で笑う。
俺は居ても立っても居られず万花ちゃんに駆け寄った。
「やっぱり、私じゃ駄目でした。ごめんなさい。翔琉先輩。本当にありがとうございました」
そう言って申し訳なさそうに頭を下げた。
ほんの数メートルの距離だ。少しで万花ちゃんにたどり着く。
手が届く。
――――耳元で誰かの笑い声が聞こえた気がした。
「ーーーっは!?」
どうやら意識を失っていたようだ。慌てて体を起こす。布団がばさりとはがれた。
旅館の自室で寝ていたようだ。外は雨が降っている。
「時刻はいつも通りか」
朝、水汲みに行く時間だ。ほぼ丸一日も寝ていたのだろうか。頭が痛い。
ただこの雨だ、今日は水汲みに行かなくても大丈夫だろう。
とりあえず着替えた俺はテレビを作業BGMにしつつ荷物を整理することにした。
昨日もしたはずなのにあまり出来ていなかったみたいだ。
万花ちゃんは大丈夫だろうか。午後はあの姉妹の様子を見に行こう。
そんな時。
ドン!ドン!ドン!
と乱暴に部屋の扉がノックされた。
「おっはよーございまーす!ちょっと早いけど来ちゃいました!あけてー!!」
元気溌剌とした女性の声が響く。聞き覚えのない声と口調だが誰だろう。
早朝から誰だろうと思いながらも扉を開ける。
「あ、やっぱり起きてた!翔琉先輩!どもでーす!!」
「…万花ちゃん?」
いや違う。扉を開けた先にいたのは万花ちゃんとは似ても似つかぬ少女だった。
「まか?違います!まどかです!いい加減しっかり名前を覚えてよね!」
「あ、ああ、そうだったな。まどかちゃん、おはよう」
そうだ、どうして忘れていたんだろうか。音村守莉の実の妹、音村円ちゃんだ。
俺がドジをして手首を捻ってしまい、手伝いを申し出てくれたんだ。
あれ?じゃあ万花ちゃんって…?記憶がおかしい…。
「翔琉先輩?どうかした?」
「…いや、なんでもないよ」
円ちゃんはあははと快活に笑うとお茶を淹れてくれた。
それから朝食までダラダラと雑談をする。
「そういえば守莉には言ってきたのか?」
「え?お姉ちゃんに?遠出するわけでもないし言わないでしょ」
「…そうか、そうだよな」
「もう、何を言ってるのかな?」
円ちゃんはニコニコ笑いながらそう答えてくれた。その笑顔じゃ見たことあるようでない。
やはり頭が痛い。二つの記憶がある。
海月万花に仕事を手伝ってもらった記憶と音村円に手伝ってもらった記憶。
どちらもまるで本当にあったかのような記憶。
俺は一体どうしてしまったのだろうか?
円ちゃんはそんな俺の様子をジッと眺めていた。
難産




