帆風七咲15 そうにゃったのかー
「じゃ、いってくるねー」
七咲は何でもないようにそう言ってあっさり病院に入院した。
昨日のリレーを見て手術することを決意したみたいだ。
隣町の病院に入院するので明日から面会に来るように!と言われた。
俺たちは早朝、こんびに前に集まり七咲が乗った車を見送った。
「いっちゃったね」
「そうだな…」
「ふあぁ、眠いぜ。後は成功するだけだな」
「そうだな…」
「翔琉さん?大丈夫ですか?」
「そうだな…」
「いい加減これでも食べて正気に戻りなさい」
「そうだ、うわ!なんだこれ!苦い!!?甘い!?辛い!?」
心配で気がそぞろになっていた。守莉から渡されたグミっぽいものを言われるままに食べたら口の中が大変なことになる。守莉は満足そうに俺の姿を見ている。
「そんなに心配なら面会に行けばいいじゃない」
「ふっ、筋トレをすれば心が落ち着くぞ」
いや、そういう問題じゃない。口の中が…、み、水。
万花ちゃんが食パン屋から水を持ってきてくれたので飲んでどうにか落ち着く。
「さすが超刺激眠気ぶっ飛び鬼グミね」
「…お前なあ。ふう、えらい目にあった」
だけど冷静になったのも事実だ。
心配ならお見舞いに行けば良いだけだし、明日から毎日行けばいいか。
そして、それから毎日病院に行った。午後になったらバスに乗って会いに行く。
時に一人で、時にみんなと。七咲はいつも笑顔で迎えてくれた。
ちなみに手術前の検査は問題なく、後は待つだけのようだ。
七咲の両親にも挨拶をした。病室で出会っただけなので普通に挨拶しただけだが。
「こんにちは、七咲の友達の天ヶ谷翔琉です」
「えっとー、彼氏さん?」
「何!?七咲に彼氏だと」
「ち、違います!友達です!!」
「そうだよー、まだ友達だから心配しないでー?」
「そ、そうか。友達か。七咲と仲良くしてくれてありがとう」
「あらあらー」
なんてやり取りもあったりした。
あっという間に時は過ぎ、とうとう手術前日。
この日、俺は一人で七咲に会いに来ていた。ノックをする。
「はーい、どうぞー」
「翔琉だ。入るぞ」
良かった、いつも通りの七咲の声だ。少し安心して扉を開ける。
「やっほー」
「おう」
ベッドから体を起こした姿で出迎えてくれた。イスに座り雑談する。
明日は朝から点滴をしなくちゃいけないだとか今日の朝ごはんはバナナが美味しかったとか基本的に七咲が話して、俺が頷く。いつもなら2時間ほどで帰るのだが、時間が過ぎても今日は終わらない。
「それでさぁ、食堂で隣の席に座ってた人がね―――」
「七咲」
名前を呼ぶと体がビクンと震えた。上目遣いでこちらを窺っている。
「今日は面会時間ぎりぎりまでいるから、叔母さんに電話かけてきていいか?」
「…うん、ありがと」
その言葉にあからさまに安心したように七咲は頷いた。
やっぱり不安なんだな。当たり前だ。せめて時間いっぱいまでいよう。
そう思って電話をするために病室を出る。
一秒でも早く病室に戻ろう、そう思い公衆電話へ向かった。
「あ、真千子叔母さん、天ヶ谷翔琉です。七咲のお見舞いに行ってるんですが、あ、はい、そうです。
ありがとうございます。失礼します」
電話をかけると叔母さんは何も言わなくても分かってるわよ。みたいな感じで、遅く帰るのを許可してくれた。なんだかニコニコした顔で話しているのが目に浮かぶ。
とりあえず連絡は終わったんだ。さっさと病室に戻った。
「戻ったぞ」
「ちょっと遅かったんじゃないかなー」
「そうかな?」
「そうだよー、こんな美少女を待たすなんてねえ」
「ああ、悪かったよ。これでギリギリまでいるから許してくれ」
そしてまた二人で話した。
晩御飯を持ってきた看護師さんに「あら、いつもの彼氏さん」なんて呼ばれたりもした。
時間は過ぎていく。時計を見ると気が付けば面会時間も残りわずかだ。
「七咲」
「やだ」
こちらが何か言う前に否定されてしまった。
いつの間にか七咲は今にも涙を流しそうな不安げな顔をしていた。
気が付けば手もつかまれていて離してくれそうにない。
「じゃあ寝るまでいてやるから寝るっていうのはどうだ?」
「やだ」
「やだって、お前なあ…」
「眠りたくないもん」
そこで会話が途切れ、しばしお互い黙った。
どうしようか、と思っていたが沈黙を破ったのは七咲だった。
「…リレー大会の時から、変な夢を見るんだー」
「変な夢?」
何を話したいのだろうか。毎日見舞いに来ていたが初めてその話を聞いた。
「そうだよー。私が投薬治療選んだら翔琉と結婚することになるんだー」
それから七咲はぽつぽつと話していく。
結婚式を挙げて、二人で毎日幸せに暮らす夢。ただ夢の七咲は二度と走れなかったそうだ。
病気は表面上良くなっていたようだが、七咲には悪化しているのが分かっていた。
でも、幸せを失うのが怖くて言い出せなかった。そうして取り返しのつかないところまできて…。
「私は死んじゃったんだー」
「そっか…でも夢なんだろ?」
「そう、夢。でも夢じゃなかったかも」
「???」
「もしも、もしもあの時こうしておけばって思ったことあるでしょ?」
「そりゃまあ、ある」
「そういう夢を神様が見せてくれたのかなって。
リレー大会で優勝したのも勿論あるけど、その夢が夢じゃないように思えて手術を受けることにしたのもあるんだー」
その夢をここ最近、毎回見ているらしい。だから寝るのも嫌だ、と。
そうか…。俺はそんな夢を見ていないから何も言えない。だけど、もしもあの時、か。
そう思ってこの夏休みを過ごしてきたのも事実だ。それでみんなと出会って。
七咲と出会って。
七咲を好きになった。
「分かった。じゃあ今日は安眠できるし手術には絶対成功するおまじないをしよう」
「おまじない?」
「そうだ。だから、安心して今日は寝ろ」
七咲は不思議そうな顔をしている。
俺は大きく息を吸って吐いた。
「いくぞ」
「うん」
七咲の両手を優しく掴んだ。
そっと顔を近づけて囁く。
「俺、天ヶ谷翔琉は。帆風七咲の事が好きです。
だからあなたの手術が終わった後、結婚を前提に付き合ってください」
「へ?え??」
「色々助けてくれた。火から俺を守って花火を見せてくれた。悩みごとの相談に乗ってくれた。
荷台でいつも楽しそうに話しかけてくれた。飄々として、気ままな風のようなあなたが好きです」
「そ、そうにゃったのかー」
言いたいことを言って顔を話した。お互いリンゴのような顔をしているだろう。
「き、キスまでしたのに返事がさー。だからもうねー」
「それは悪かったと思ってる。返事は手術の後でいいからな」
そう言って立ち上がる。もう両手は掴まれていない。
「これで寝れるだろう。じゃあ、おやすみな」
「あ!逃げるなー!馬鹿!私も…いや手術後にたっぷり溜めて返事してあげるからー!おやすみ!!」
病室からの去り際、七咲の叫び声が聞こえた。
ちらりと見ると布団を頭からかぶって隠れてしまった。何やら呻いているようだ。
俺はそのままの足で病院を出る。生ぬるい風が肌をなでた。
「ああ、言っちまった言っちまった」
でも後悔はない。精神年齢がーなんていいわけのように言っていたが、俺は高校生なわけだし。
それに自分の気持ちは本物だ。俺は晴れやかな気持ちのまま帰った。
バスはないのでタクシーで帰ることになったのはちょっと予想外だった。
そして手術当日。手術の付き添いや待機は親族に限られているのでいけなかった。
だから祈るだけだ。
というより夏休みも残り二日。実はお手伝いも終了していて本来なら今日帰る予定だった。
それを無理を言って先延ばしにしてもらった。実は一昨日に灯台でお別れ会をしていたりもする。
夏休み明けの学校は何も考えないことにした。
そもそも席も覚えていないし、まともに授業を受けれるのかも分からないが。
そんなことより七咲だ。手術はうまくいけば夕方には終わっているそうだ。
どうにも落ち着かないので旅館の手伝いをしたり、周囲をウロウロしたりして時がたつのを待った。
正直、何をしていたかは定かではない。途中。守莉、万花ちゃん姉妹にあったり、結や大郷になにかを言われたりしたような気もする。天海神社にも行って神頼みをしたかもしれない。
時刻は夕方。俺は旅館の受付で手術の知らせを待っていた。
帆風の両親が連絡してくる手はずになっている。
その後、病院までは真千子叔母さんが車で送ってくれるという全面協力の構えだ。
だから後は連絡を待つだけだ。
早く。
夕方を過ぎて、夜になった。電話の音が鳴る。
俺はそれを祈るような気持ちでとった。
書いては消してを繰り返し。とりあえずいつまでたっても終わらないので投稿。あと1話か2話。




