後悔②(テオ視点)
ラウラの研究に協力するため王城にメリッサが来ると知る。
会いたい、と瞬時に思う。せめて顔が見られたら。
真ん中のホールできょろきょろしていたらメリッサがやってきた。
パーティーなどでもなければ滅多に会うことのなかった彼女の髪型は変わっていた。
編み込みをしている。母上を真似たのか。可愛い。似合う。
心臓がばくばくする。今日こそきちんと話をしよう。
メリッサの視線が私に向かう。
「お久しぶりです」
う、わ。
一瞬で体温が上がり悟られないように顔を逸らした。頭がぐるんぐるんする。
気付けば言葉が出ていた。
「何だその変な髪型は」
……何故私の口は真逆のことを言っている?
「じゃあ見ないでください」
うぐぅ。本音で話せたらどれほどいいことか。
「ふん。君がいるなんて、ここに来て損した」
違う。メリッサに会いたくて来たのに。
――会いたかった、会えてよかった。
私が言いたいのはこの台詞だ。唇が震えて音にならない。
「私も別に貴方に会いに来たわけではありませんから。むしろ会いたくなかったです」
っ……!
ああ、死にたい。
最初からやり直せたらどんなにいいことか。過去に戻る魔法があればいいのに。
「では」
と形式的な礼をしてメリッサは魔術師団の方向へ行ってしまった。
謝罪すべきだ。なのにいつまでたっても口は開閉するだけ。
あああ、どうして私は。
唇を噛みしめ両手を握る。
彼女を傷付けておいて、ほんの少しだけでも会えたと喜ぶ自分に反吐が出る。
こんな風なことばかりで、最終的に無視されるようになった。
視線も来ない。
見つめられたい、目が合いたい、そう思っていたのに彼女の綺麗な菫色の瞳は私の視界から外れることが多くなった。
今までずっと彼女の優しさを無下にしたのだ。
もう、諦められてしまった。
* * *
それでも、メリッサが王城に来ていると知れば会いたくなった。
母上と月一のお茶会を楽しんでいると聞いて足を運ぶ。今日は庭園だそうだ。
しばらく歩き回っているとメリッサを見つけた。
久しぶりだ。可愛い。綺麗だ。
メリッサは私に気付き一瞥するなり眉を顰めた。
……知ってはいたがショックだ。
彼女の視線で母上がこちらを振り返る。
「あら、テオ」
「座ってもよろしいでしょうか」
普段から置かれている丸テーブルとイスだから空いているイスはある。聞いておいて了承を得る前に二人の間に腰掛けた。
母上が彼女をちらりと見つめたがガン無視される。
「…………おい、無視をするな」
あああ、何故私はこんな言葉しか言えない。
はあ、と彼女はうんざりしたように息を漏らした。
あああああ……。
母上が話しかければ彼女は答える。笑顔も見せていた。彼女は母上が好きだから私などただの邪魔者でしかない。
両手で握りこぶしを作る。それでもこの場を動きたくなかった。
暴言を吐かないようにとメリッサを見ないようにする。
私は何のためにこの場に来たのだか。
一言も発せぬまま時間は過ぎていった。母上が時折話しかけてきてくれたが自分の心臓の音がうるさくてあまり聞こえなかった。それなのにメリッサの声だけはクリアだ。
「王妃様。それではそろそろ失礼いたします」
はっとして送ろうと立ち上がったが彼女と目が合い口から出てきたのは
「つまらないな。時間を無駄にした」
彼女の顔が嫌悪の表情へ歪む。向けられたのは冷たい視線だった。この時はどうしようもなく嫌われていた。
「それでは、また」
母上だけに礼をして去っていく。その場を一歩も動くことができなかった。
ふう、という母上の溜め息で我に返る。
「貴方……どうしてメリッサを目の前にするとこうなるのかしら」
「す、すみません……」
「私に謝ってどうするの? ああ、でも私も彼女とのお茶会を邪魔にされたから受け取っておくわ」
母上が女官に片付けを指示する。何をすればいいか分からずただそれらを見つめていた。
「テオ? いつまでそこに立っているの?」
「……あの……次の、お茶会は……」
「また一緒にするつもり? 全然話さなかったのに? 私とのお茶会まで嫌がられてしまいそうだわ」
「すみません……」
「だから、私に謝ることではないでしょ」
分かっている。また一緒になってもきっと今回と変わらない。
とぼとぼと執務室に帰るほかなかった。
* * *
せっかく成人したのに私はまるで成長できていない。
結婚が近付いてきた。
何とか結婚の前に彼女と接点を、と母上と同じお茶会を提案してみれば了承してもらえた。メリッサが渋ったのをカルロが説得したらしい。ありがたい。
週に一度メリッサに会える。
汚名返上を、と意気込んだのに私がしたのは最大の失態だった。
その日、入ってきた時からメリッサの様子はおかしかった。
それは分かるのだが、何故なのかが分からない。
極力話さないのはいつものことだけれど、用意したお茶とお菓子はきちんと食べてくれるのに今日はお菓子にまったく手をつけない。
冷たいケーキならともかく今日はアップルパイだ。温かいほうが美味しい。
猫舌ではなかったはず。
「おい、一口くらい食べないのか」
ああもう、どうして責めるような言い方になってしまうのだ。
体調を気遣う台詞すら言えやしない。
だが彼女は体調が僅かでも悪ければお茶会に来ない。寂しいけれど仕方がない。
今回は無理して来たのかと思っていたら彼女の瞳が久方ぶりに私に向けられた。
一瞬で背筋が冷えた。
私の暴言に対する彼女の反応は大概が無視だ。うんざりしたように溜め息をつかれたり呆れる視線を向けられたことはあるが、この瞳は初めてだった。
傷付いた表情を見せたのだ。
「食べられません。私はりんごアレルギーです」
メリッサの言葉を理解するのに若干時間がかかった。
アレルギー?
「まさか知らないわけがないですよね?」
私を真っ直ぐ見つめる瞳は雄弁だった。
しかし私は彼女が望む答えを持っていなかった。
メリッサが無視をする前、二人きりでないにせよ彼女と食事を共にしたことはある。その中にりんごもあった。そこまでは覚えているのに、彼女が食べたかどうかは記憶にない。
彼女の視線が私から外れて伏し目がちになる。
それも初めて見る表情で、自分がとんでもないことをしたのだと自覚せざるを得ない。
アレルギーのことを私は本当に知らなかった。
いや、気付いていなかった。
彼女に見惚れて声に集中するばかりで彼女が何を好きで嫌いかも知らなかった。
情けなくて涙すら出てこない。
彼女の瞳はいつまでも頭に残った。今でもすぐ思い出せる。私は暴言の比じゃないくらい彼女を傷付けた。
エディからもカルロからもオリヴェーロ公爵からも散々叱り飛ばされた。
特にオリヴェーロ公爵からは婚約解消を言い渡されて土下座した。
最低だと分かっている。けれどどうしてもメリッサを手放せられない。
父上達が何か言ってくれたのか婚約解消にはならなかったもののオリヴェーロ公爵は怒るのをやめ無言になった。義理の父親になる人にすら諦められてしまった。
もうあの瞳は見たくない。
お茶会では彼女が去り際に教えてくれたクッキーをお茶菓子にした。
彼女の好物を注視する。チョコとキャラメル味が好きらしい。
彼女のことをもっと知りたい。今では外見だけが好きだと思われても仕方がない。
なのに口を開けば出てくるのはいつものアレ。
ああ、もういやだ。
どうして私は……。
素直になりたい。




