後悔①(テオ視点)
メリッサに初めて会ったのは私が10の時。カルロとともに王城に来ていた。
元々年の近い公爵令嬢として私の婚約者候補であることを聞いていたから一度会ってみたかった。二人がいるという庭園へ向かい、遠くから一目見て心を奪われた。
意志の強そうな力強い瞳。
彼女なら私に媚びてくることもなくかといって黙って付き従うこともない対等な関係が築けるのではないかと期待した。
あの目に見つめられたい、という衝動のまま私は彼女に近付いた。
しかし近付くにつれて心臓の鼓動がドコドコドコドコと増す。頭も痛くなってきた。眩暈までする。
人生の中でここまで緊張したことはない。
気付けば私は何か言葉を放っていた。
彼女がこちらを向く。
目が合ってやった、と嬉しかったのは一瞬だけ。
彼女の瞳が険しくなった。そういう厳しい瞳も可愛いと思う一方で私は先ほど自身が放った言葉を思い返す。
確か、私、ブス、と言わなかったか?
忘れたかったが不必要に優秀な頭はきちんと覚えていた。そうだ、「おい、ブス」と言ったのだ。
…………何故?
すぐ謝ったり撤回すれば良かったのだが、今までの自分ではあり得ない言動にその場で固まってしまった。
彼女の隣にいるカルロも私の珍しい発言に目を丸くしている。
「ブサイクに言われたくありません」
怒っているように思えない平坦な口調。声も可愛い、と思いつつ彼女の顔を見ると無表情だったが確実に怒っていることが理解できた。
「鏡を見たことがないんですか? 周りに正直に言ってくれる人がいなかったんですね。私は貴方のことをブサイクとしか思えません。ああ、心はもっとブサイクのようですね」
彼女の指摘はもっともだ。暴言を吐いたことにもショックで何も言えなかった。
嫌われたと理解した時には彼女の視線は私から離れていた。
その夜は枕を涙で濡らした。
完全に私が悪い。
初対面でブスなんて嫌われるに決まっている。謝らなければ。謝って、許してもらってから再度改めて自己紹介しよう。
そう決意したはずなのに私は彼女を前にするとまたパニクって思ってもいない言葉を投げかけていた。内容が暴言だったのだから救いようがない。
手紙で謝罪を、と思ったのに手までぶるぶる震える。私は一体どうしてしまったのだ。
カルロにも怒られた。
「何なんだよ、どうした。そんな暴言ばかりならもう会わせないからな」
そ、そんな。
それはいやだ。最低な行為をしていると理解していても私は彼女が好きなのだ。
彼女が私の傍にいてくれる方法は一体何だ、と必死に考えて取った手段が婚約だった。何とかこうにか両親を説得して婚約できて。
絶対素直になるぞ、と決心したのに私は暴言を吐く自分を変えられなかった。
メリッサは優しかった。初対面から暴言を吐く最低な人間に「遊びましょう」と自ら声をかけてくれることが多かった。
「う、うるさい。私はそんな子どもの遊びなどしない」
「子どものくせに」
「私は君とは違って暇じゃない」
「今ただぼーっと突っ立っているだけですよね?」
私の暴言のせいで辛辣な言葉を吐かれることが多かったものの遠慮なく発言しそうだと思って好きになったのだ。
メリッサの視線が私に向けられていることが嬉しく、頭がすぐ真っ白になった。
どうして彼女に対してだけこうなのか。
* * *
私の誕生祭。
私はメリッサへドレスを贈った。今しているネクタイと同じ色のドレス。メリッサは私の婚約者だと他の男共を牽制する、というみみっちい理由だ。
周りに相談しつつ私自身もいろいろ調べて贈った物だが実際着た彼女を見ると見惚れてしまう。王太子からの贈り物とあらば着るのが礼儀だが着てくれてほっとする。長く見ていたらまた暴言が出てしまいそうで慌てて視線を外した。それも外から見れば無礼に映ったであろう。
メリッサから私へのプレゼントはネクタイだった。
こんな名ばかりの婚約者にプレゼントを用意してくれてありがたい。なのに私はお礼すら言えなかった。
叔父上やラウラから「ヘタレ暴言王子」と言われても何も言えない。
ラウラ達から言われることはぐさりと来るがパーティーに現れる他人からの攻撃はどうでもよかった。
彼らは私とメリッサの仲を慮っての助言だ。
それに対して下卑た笑みを浮かべエディの傍にいるメリッサを時折見ながら放つ輩の言葉は私を貶めたいがため。そんなのには乗らない。
メリッサが私の弱点であることは周知の事実だ。けれどそれで彼女に危害を加えることは避けたい。
後に婚約者関係以外のことでは完璧、とまで言われるようになったが嬉しくなかった。私にとってそこが一番肝心なのだ。
パーティーには私を嘲笑したい者もいれば別の者もいる。
メリッサという婚約者がいるのに関わらず私の妃の座を狙う者だ。
「テオドーロ殿下はいつも笑顔で素敵です」
とある令嬢の発言に心の中で苦笑する。
ただの表面上の笑顔だ。王太子として他人に舐められないよう身につけた術。
私は何をやっているのだろう。最愛の女性には暴言を吐いて、何とも思っていない人間に表向きの愛想を振りまいて。心から笑ったのはいつのことか覚えていない。
メリッサに会う前から私は内面を表に出してこなかった。
この笑顔でも顔を赤らめる令嬢はいる。
メリッサは反対に私のこの顔を嫌っているようだった。そういうところも惹かれる要素だが私は彼女に伝えられていない。
今もちらちらとエディの隣にいるメリッサを見てしまう。私の視線に気づいているものの彼女からの視線は来ない。目が合いたい。だが私が口を開けば最低な言葉しか出てこない。見つめるのを黙認されているだけでありがたいと思わねば。
そして明日はメリッサの誕生日だ。日付が近いことが嬉しい。
カルロに聞いてお墨付きをもらった物だからプレゼントの自信はあるものの直接渡す勇気はない。
誕生日の時くらい彼女に喜んでほしい。
……つまり、私はいないほうがいいということだ。
せめて手紙を、と思ったのにいざ書こうとするとやはり手がぶるぶる震える。
誕生日おめでとうすら書けなかったからすでに書かれてあるメッセージカードを添えて送った。……私は名前さえまともに書けないのか。
どうしようもないな私は。喜んで……くれるだろうか。つけてくれるかな。
後日会った彼女は身につけていなかった。自分も彼女の前でつけられないくせに落ち込む。彼女も私がいない場面ではつけてくれているのか? カルロに聞いても「それくらい自分で聞け」と教えてもらえなかった。
彼女が王城に来ない日に限ってつけているネクタイをそっと触る。メリッサが自分で買った物。嬉しい。けれどこの気持ちも彼女に届けていない。
メリッサからもらったネクタイが流行しているらしいとエディに聞いた。
「王太子と同じ物が身近で手に入るんだからね。兄さんとメリッサの関係を知らない人はおまじないとしても買ってるって」
流行、おまじない、ね。
最愛の女性の前でつけられない私なんかの真似をしたところで一体どんなご利益があるのやら。
王太子であることに彼女は魅力を感じない。そこを好きになったはずなのに、今はそれでもいいから私を望んでほしいと思っている。
せめて王太子としては頑張ろう。
嫌われていることは分かっている。彼女と結婚できる権利だけはなくさないようにしたい。
婚約者ができてから政務にだらしなくなったとなれば悪く言われるのはメリッサだ。私自身のことでこんなに迷惑をかけているのに外野からも守れないなら私の存在意義は何だ。
一番彼女にとっていいのは婚約解消であろう。
嫌がられていてもメリッサが望んでもそれだけはしたくない。
かといって、このまま夫婦になるのか。
なったところで私が素直になる保証などない。
どうしようもない自分を変えたい。
そして、メリッサに好かれたい。
エディ、ラウラ、カルロ、と私以外の者へ向けたほのかな笑みを思い出す。
あれが私に向けられる日は来るのだろうか。
父は素直だった。母もエディもどちらかといえば素直だ。
私は誰に似たのだ。
メリッサ、好きだ。
いつか、直接言えたなら。




