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素直って

 ガチャリ、という教会の扉の音が重く感じた。

 本番では大勢のお客様で埋め尽くされる部屋だが今いるのは私とテオだけ。

 皆仕事がある上、今回は特に参加する理由がないとのことで二人きりだ。キスの時以来か。

 教会にはキスの時も魔具の時も来た。他でも来る場所であるのにやはり緊張する。

 テオはもっとだ。

 ただハートマークがぽんぽんと出てくる辺りよく分からない。

 リハーサルには神父や騎士や女官やさまざまな人が関わるからその少し前に来た。

 前と同じく猶予は数分。


 誓いの文言は代々決まっている。

 神父の問いかけに答えるやり方の国もあるがこの国は夫婦が互いに誓約を交わせばいい。

 二人きりでできるからこそトーニオ様もこれをお選びなさったのだろう。

 結婚証明書はさすがに国王がいる本番でないとダメだからこれではないはず。

 ウェディングドレスも着ない。テオも普段着だ。

 必要なら、後で着ればいいだけのこと。


 テオと正面で向き合う。

「で、では……」(うわああああああ)

 うーん。ピンク。どういう感情?

「っ……」(落ち着け)

 一度目を閉じて深呼吸した。冷静になったのかす、と綺麗な碧眼が見える。



「――私は貴女を妻とし、生涯にわたり愛し慈しみ守り続けることを誓います」(――誓う)

「――私は貴方を夫とし、思いやりを忘れず喜びも苦しみも分かち合い、如何なる時もともに生きていくことを誓います」



(本当に結婚したくなってきた)

 テオが耐えきれないというように目を細める。

 私はまだ足りない。

「誓いのキスもしましょう」

「え」(え)

 きょとん、とするテオと目を合わせる。頑張って口角を上げてみた。

「これも神様へのお約束です。それに順番が大切かもしれないんですよね?」

 そう言って目を瞑る。

 思ったよりすぐ肩に両手が置かれた。前した時と同じく、本番のようにゆっくりと誓いのキスをする。

 離れる気配に目を開ければ何とも形容しがたい表情だった。

(ああもう、何故これがリハーサルなんだ。本当に結婚したい!)

 以前も同じことを考えていた気がする。

 ふふ。どれだけ私と結婚したいんですか。

 夢の中にいるくらいほんわかした気分だ。自然に笑えているといい。

「幸せにしてくださいね」

「――ああ、必ず」(必ず)

 力強い声と瞳。

 ハートマークが風船のようにあちこち飛んでいる。まるで皆に祝福されているみたいだ。

 本番では大勢の人に見守られながらだから、二人というのも新鮮でいい。

 後は十二時間を待つだけ。




 *   *   *




 早朝、目をこすりつつ王城へ向かう支度をする。

 私の希望としては本当に十二時間後に消えるか計りたかったのだが却下された。

 元より寝ている時は頭の上に文字は現れない。

 テオも兄も二人きりのことより徹夜でいることに反対した。

「徹夜で朦朧として頭が働かないままでは何をするか分からない。無理だ」(無理無理無理無理)

「テオと二人きりで徹夜!? バカかお前は、誰が許可するか!? まだ未婚だぞ!!」

 思ったより大声で怒鳴られ、打開策として早朝テオの部屋へ行くことになった。

 眠い。

 しかし同じくらいそわそわする。本当に文字は消えているのだろうか。

 テオに会いたいような会いたくないような。いややっぱり会いたい。


「あら、身軽なのね」

「はい?」

 さあ出かけるぞという時、起きていた母が不思議そうに呟く。

「お泊り道具は持って行かなくていいの?」

「……? ええ、もちろん」

 何を言っているのか。

 朝早くに行くのに、何故泊まる話に?

 母は考え込むように頭を傾ける。

「そう。んー……がんばってね」

「はい……? 行ってきます」

 最後はにこやかな笑顔で手を振ってくれた。

 文字がなくなった以上私が頑張ることは何もないはず。母には一体何が見えているのだろう?




 *   *   *




 以前も行ったし寝室で待っていようと思ったもののそれもテオに止められた。

(無理無理無理無理)

 大げさなまでに首を横に振られたので大人しくいつものソファーに座って待つ。

 彼はまだ寝ているか。ちらちら寝室を見てしまう。じっとしていられず持って来た風船で気を紛らわせることにした。

 ツイストバルーンにポンプで空気を入れる。


 もし文字がまだあったらどうしよう。

 今度はドレスを着て、一応他の装飾品もつけてみる?

 それかラウラやエディ辺りに列席者として参加してもらう?

 神様への願いとして他にはどんなものが当てはまるのか。


 パアンッ


 突然の破裂音にびくりとする。いつの間にか手の中にあった風船がなくなっていた。考えに集中して風船に空気を入れすぎてしまったようだ。もったいない。

 それより、これはテオを起こしたのでは?

 寝室の扉を見ようとしたところでガチャと開く音がした。


「メリッサ? 大丈夫か?」


 ぴく、と肩が震える。テオのほうを見られない。

「ぁ……お、起こしてしまいすみません。風船を割ってしまいました」

「いや、大丈夫ならそれでいい。その……おはよう」

 躊躇う声とともにテオがゆっくりこちらに近付いてくる。

 …………。

 一度目をぎゅっと閉じる。

 覚悟してテオへ顔を向けた。


「メリッサ?」

「ぁ……」


 テオが寝巻のまま来たことにも驚いたが。



 文字が、ない。



「…………その顔ということは、文字がないのか」

 どんな顔をしていたのか。

 テオがソファーの隣に座ってきた。

 私はつい頭の上をまじまじと見てしまう。

 やはりいざ文字がなくなると寂しいものだ。もうテオの心の声は見えない。

 昨日、もっと見ておくべきだった。

「……メリッサ」

 名前を呼ばれ視線を下げたらばちりと目が合う。彼の表情がゆっくり微笑んだ。

「目が合うと嬉しい。もう文字に頼らないようにする」

 貴方はずっと前からできていましたよ。

 私もです、と心の中で決意する。

 頬を手で覆い顔を近付けてくるから目を閉じて唇を受け入れた。

 目を開けると思ったより近くに顔がある。

 ……ああ。

 文字がなくてもいい。

 これからは、私を見つめるその熱い瞳で十分だ。


「とりあえず、これで初夜は問題なくできるということですね」

 ずっと見つめられていることが気恥ずかしくておどけた調子で言ってみる。上手くいったかどうか分からない。

「……そう、だな」

 テオの反応は微妙だった。失敗だったようだ。

 さて、文字の確認も終わったし今日はどうしよう。とりあえず朝ごはんを……と思っていると腕を伸ばされ胸に抱き寄せられた。

 目が見えないことは残念だけれどこの温もりはいやではない。

「その…………。こ、今夜、いいだろうか……」

 ……え。耳から聞こえる激しい鼓動と熱の籠もった声色に彼の言いたいことを察する。

 私の体も熱くなる。

 驚きはしたものの不思議といやだと感じない。

 母の言っていたことはこれか。テオに会っていないのにどうやって気付けたのか。

「……はい。では、お待ち、しています」

 返事をすればぎゅ、と背中に力が込められる。

 一度帰って泊まる道具を持って来なければ。兄や父には何と言おう。直接は無理だ。母に伝言を頼むか。


「…………すまない」

「はい?」

 何故謝るのかと顔を上げたら辛抱たまらない、といった感じで見つめてきた。

 くいっと体全体を引っ張られ彼の腕の中に横抱きにされる。

「テ、テオ?」

「……っ、やはり夜まで我慢できそうにない。ちょっと待っていてくれ」

 言うなり耳を手で包んだ。

 テレパシー?

 …………まさ、か。

 え、ちょっと、待って……。

 誰に? 何と?

 まさか、今から……と?


 いやいや、きっと上手く誤魔化しているに違いない。そうでなくては困る。

 側近が身内であることを今すぐ頭の中から追い出したかった。

 混乱している間に連絡し終わったらしく横抱きのまま抱えられ立ち上がる。反射的に彼の首に腕を回した。

「許可はもらった。今日一日私は空きだ」

 一日?

 だ、誰に許可を?

 兄が許可するとは思えない。ということは?

 …………。

 考えるのを放棄した。

 ああもう。ここまで来てもちっともいやだと思えない。


 テオの足が真っ直ぐ寝室へ向かう。目が合えば照れくさそうにはにかんだ。

「すまない、風船は少ないが勘弁してくれ」

 ……そんなことを考える余裕はない。


 目標がほどほどだったことを思い出した。

 素直って、難しい。



 というか……素直って、こういうことじゃないと思います!

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