魔具③
「……あ。これ、かな? …………ん?」
ラウラがぽつりと呟いたかと思うと頭をひねる。
「何だ?」(何だ!?)
テオが一歩ラウラに詰め寄った。ラウラは若干迷惑そうにしつつある箇所を指差す。テオとともにそこを見てみようとしたものの、正直点にしか見えない。何これ?
反応に困っているとラウラが魔法で見ていると教えてくれた。ここでも魔法か。
「結婚式から十二時間後、だ」(嘘だ……)
文字を読むのを諦めていたらテオの愕然とした言葉が響く。
………………え?
「昔の結婚式は早かったのかな? お兄様達の時は十四時からだったから消えたのが深夜。お義姉様の証言と一致するね」
「お祖母様は消えたの明朝だって言ってましたよ?」
今の王族の結婚式は昼間が多い。
私達の結婚式も十四時からの予定だ。
前国王様達の結婚式は時間が遅かったのか?
「うん、それで結婚式の可能性は置いておいたんだけど、特別なものではないのかな? ラウラ、後でお母様に開始時間を確認してくれる?」
はい、と頷いたラウラを見てからテオを振り返った。
「つまり二時まで待てば大丈夫だよ、テオ」
「え……」(朝二時まで手が出せない? いやだ)
ものすごく不満そうに眉を顰める。怖っ。
この言葉で正気を取り戻すのもどうかと思う。
「もう少し細かい記述はないですか?」(詳細が知りたい)
怖い顔のまま魔具を睨みつける。
…………なのに文字の色はピンクだ。何を考えているのか。
私はそっと視線を逸らし見ていないことにした。
「王冠などはいつも即位式のために魔法で新しくするのですよね? 何故見えないということが?」(何故だ。見たい。知りたい)
「表面的なものだからね。魔具が入っていると分からなければ仕方がない。国王が分かってもここまで細かい魔法は私くらいじゃないと無理だよ」
「私も! 私もできます!」
限界まで手を上げて自身を主張するようにぴょんぴょんと跳ねるラウラ。アレッシオ叔父様が訂正すればえっへん、と腰に手を当てて満足そうにした。発言はすごいのに可愛い。
その様子を見て私の心は平穏を取り戻したがテオはそうはいかなかった。
「結婚式といっても長いです。何から十二時間なのでしょうか。模擬でも可能なものでしょうか?」(違ったらどうしよう!?)
「んー、……細かすぎて字が潰れちゃってて読めないよ。もうテオ、どうしてこんな小さな宝石にしたの?」
「す……すみません?」(私?)
何故か謝る。
こういう面倒事が起こるなら過去へ戻る魔法を禁止したのは英断だ。
横目でお義父様を窺えば何度か口を開閉していた。発言しようと努力なさっている。
アレッシオ叔父様もそんなお義父様をちらりと一瞥した後努めて笑顔を浮かべながら口を開けた。
「調べなくても一応文字をなくせるよ。一番簡単な方法は壊すことだね」
「いやいやいやいや!」(無理です!)
「アレッシオ……それはない」
テオが必死な形相で首を横に振る。
例え宝石一つでも大罪だ。アレッシオ叔父様も本気でない。お義父様からお小言をもらっていた。
恐らくお義父様が魔法に逆らうのをやめさせようとしたのだろうけれど、それにしたって大概な発言である。
それに、なくなってしまったら私達の子どもに使えなくなってしまう。
それはもったいない、と思う。テオも微妙な表情だ。
(私は魔具のおかげでメリッサと恋人になれたのだ。壊すのはいやだ。私達の子どもだってこれの恩恵を受けられなくなる)
できるなら子どもには文字がいらないくらい素直に育ってほしい。文字が出るほど想いが募る相手と出会えるかどうかはそれこそ運命である。
お義父様のように違う国にいる相手の可能性もあるからいろいろな国のパーティーに顔を出したほうがいいだろうか。20歳の前に婚約したいと思えるほどの相手と巡り合うことができるだろうか。
テオは私にだけああなったから参考にはならないけれど、お義母様からもっと幼い頃のテオの話を聞いてみよう。
将来の息子のためである。うん。
それからしばらく詳細を探ろうと皆魔具を見ていたものの、時間切れになってしまった。
「あー、テオ」
言いづらそうに頬をぽり、と掻きながらアレッシオ叔父様がテオに顔を向ける。
「結婚式、するしかないね」
* * *
帰り道、ずーんと沈むテオの背中をぽんぽんと叩いて慰める。仕方がない。
過去へ行っても魔具を調べても結局一番肝心なことが分からないままだとは。
頭の上も黒く心なしか重そうだ。猫背なのはこれが原因かと錯覚してしまいそう。
(くそっ。今日こそは、と思っていたのに……。こうなったら結婚式の時間を早め……すでに招待状を送ってある。今更出席者全員の予定を変更するのは難しい。二時までダメだなんて、もういっそのこと…………いや、ここまで来たのだ。文字をなくしてから、だ)
……? 後半は文字の色が明るくなった。
私と目が合うとまずいことをしたかのようにばっと視線を逸らされる。
(わああああ、危なかったー! も、文字になってないよな? 大丈夫だよな? ……私は文字の恩恵を受けたが、息子に文字のことを言うのはやめよう。知らないほうがいいこともある)
何が危なかったのか。よく分からない人だ。
しかし息子に話さないことは賛成である。
運命の相手というロマンチックなことではなかった。私達みたいに両想いになった後ならいいかもしれないが見つける前に言われても何だ、である。ロマンが薄れるから後世に残すのはやめておこう。
神様、すみませんが引き続き名前をお借りいたします。
もう呪いなんて言いません。
アレッシオ叔父様とラウラは名残惜しそうにお義父様がかぶっている王冠を見つめている。お義父様は二人の視線に苦笑いを浮かべていた。
「うー。もう調べることができないなんてー。お兄様、もう一回リハーサルはだめ?」
「王冠の許可が下りないと思うぞ」
「いや、そこはお兄様の力でさ~」
「無茶を言うな。国宝であり歴史的財産だ。私であっても自由にできるものではない。それくらいの価値がある」
「んまあ、そだね」
魔具のことも含めて言ったのであろう、二人が大人しく引き下がった。
「私は普段からかぶらないから周りに怪しまれてしまう。詳しく言えない以上、テオが王になった時まで待て」
確かに。怪しまれた時王族以外に説明できないことがネックだ。王冠の中の宝石の中に魔具がある、なんて簡単にたどり着けないし王族ほどの魔力がなければ容易に調べられないであろう。
周りに言えない以上隠すのが正解か。
「テオが常時かぶるほうを選択すれば調べ放題だよね。テオ、早く王になって」
こらこら、と諫められていた。
真ん中のホールで皆と別れ、私は帰るためテオと馬車へ向かう。
文字の問題が解決しなかったからまた忙しくなるためお昼も残念ながらなしだ。
今度は結婚式のリハーサルの準備。
(結婚式は楽しみなのに。ああ、模擬でできることであればいいのだが……)
うーん。
暗い。
まったく、と腕の裾を軽く引っ張る。
「いつまで暗いんですか。――私が傍にいて、しかも二人きりなのに」
頑張って口を尖らせた。拗ねている顔ができているといい。
効果はあったようでぽんっとハートマークが出る。顔色も明るい。
うん、それでいい。
気持ちは分かるが、私は皆と違ってまだ文字があることに安心している部分もある。
さすがに深夜二時まであるのはいやだけど、もう少しくらいはこの文字を見ていたいものだ。
(メリッサのこういう表情も可愛いな!)
あ、その文字はいらない。
馬車に乗る段階になってテオは周りをきょろきょろと確認する。
いくらなんでもまた父に会うことはないだろう。私からそっと腕を伸ばせば首まで赤に染めながらも抱き寄せてきた。
「では、また。お仕事がんばってください」
いつの日かラウラ相手に羨ましいと考えていたから言ってみる。
表情も確認すれば穏やかだった。
「ああ、ありがとう。また」(嬉しい。大好きだ)
頭の上にはハートマークもあったが、文字は少しだけ青かった。
(トーニオ様のバカ。解除方法を知りたいことを知っていたくせに)
同感である。




