外ではやめよう
父はあれで会話が終わったと思っているらしく謝罪するのは違うからせめて感謝を、と伝えてみたのに
「何がだ?」
と返されてしまった。
テオにもそんな調子のようで王城で兄がフォローを入れても落ち込んだままだと聞く。
無言の圧力をかけられていると勘違いしているそうだ。
私が直接会って説明したいけれどこんな時に限ってお昼がない。
理由は即位式のリハーサルの準備。
父の残業が多くなった原因もそれ。母の溜め息も増えた。
「ごめんなさい」
「何が?」
お茶の時間につい言ってしまいきょとん、とされる。
それはそうか。
文字がなくなって無事初夜を迎えるために父の仕事が増えている、とよくよく考えてみればおかしなことである。分からないままのほうがいいかもしれない。
それでも私を安心させるように頭にぽん、と手が置かれた。
温かい手の平にああ、と納得する。
あの時父が私の頭を一撫でしたのもこういう理由なのか。
私が父を理解したのが分かったのか母の笑みが深まる。父に関することなら何でも分かる?
欲を言えば、一言でもいいから言葉で表してほしかった。
私にもテオにも母のような特殊な能力はない。
彼は表情豊かになったが私は未だ表情が乏しい。
無表情な人が無言だと常人には理解不能である。テオだけじゃなく私も積極的に心の内を発言していこう。
「貴女もテオドーロ殿下と会えなくてつらいでしょう?」
なでなで、と撫でられ続ける。
…………ん?
まだ会わない期間が一週間も経ってないのにつらいと評されることに疑問を抱くべきか、それとも両親は毎日会っているのに「貴女も」と表現されたことを質問すべきかどちらだ。
少し考えて、お母様にもたれかかるように体重を預けた。
確かにつらいけれど、テオと結婚してしまったら私は母や皆にほぼ会えなくなってしまう。
それもつらい。
テオと恋人になった今でも思う。むしろ本番の結婚式が近付いてきた今のほうが思いは強い。
「あらあら、今日は甘えん坊ね」
母が腕を伸ばして抱き寄せ背中を撫でてくれた。
温もりに安心する一方で早くテオに会いたいとも思うのだから、私はやはり面倒くさい。
* * *
お茶会の時間は何とか確保したらしい。
風船は一つだけ。それを膝の上に乗せて愛でる。
今日、兄はいない。
お昼の時間が滅多に取れないからと二人きりになれるよう配慮してくれた。
「お前が説明しないとあれはいつまで経っても治らないな」
と言われたものの
「久しぶりだな」(久しぶりにメリッサに会えた。嬉しい。二人きりだ。幸せだ)
部屋に入ったらハートマークで溢れかえっていた。文字も幸せの赤。
もう治っていますよ?
兄が嘘をついたのかと疑ったがこんな嘘をついてもメリットなんかない。
私に会ったらすぐ機嫌が良くなるというのはまあ、悪くない。
向かい合わせでなく隣に座っている。早速父について説明しようと口を開ける前に
「メリッサはオリヴェーロ公爵から何か聞いていないか?」(カルロは無理でも彼女なら)
テオのほうから話し始めた。正直に否定すると頭の上が暗くなる。
「そ、そうか。やはり無言なのか。未だ怒っているのか……」(あああああ……)
「いえ、兄も言ったと思いますが怒っていません。父は分かりにくい人ですからそうなるのも無理はありませんが、母曰く直接見たのが気まずかっただけだそうです。もう気にしていません」
「……カルロにもそう言われたが……私から見ればオリヴェーロ公爵は言いたいことはきちんと言う人だ。今まで無言だったのは暴言に関することだけ」(だから今回も……)
うーん。顔色が冴えない。
父の無言がトラウマになっている。悪いのは昔の彼だから何も言うことはない。
けれど父の立場になってみれば今更義理の息子となる者に何か言うのも難しいものだ。
兄も見たくないと言っていた。
非常に残念だけれど、あの場所でのキスはやめたほうがいいだろう。
それをテオに伝える。納得しつつも微妙な顔をされた。
「そう、だな……外では、やめよう。カルロにも言われた。見たいものではない、と……」(ああ、でもハグはやめたくない! メリッサがずっと王城にいてくれれば部屋でいちゃいちゃできるのに。帰ってほしくない。ずっとここにいてほしい)
「いえ、結婚するまで帰ります」
テオのことは好きだが実家の居心地の良さは別。それを再認識したばかり。
文字を読まれたことに気付いて肩を強張らせたが今のテオは諦めなかった。
「で、では……泊まって、行く、とか……」(そうすれば朝起こすのもしやすくなると思う)
泊まる?
王太子妃の部屋にはまだ泊まれない。
となると…………。
いやいや、テオの部屋はないない。考えを打ち消すために頭を横に振る。
それを否定の返事だと思ったらしい。テオの頭の上が青くなる。
「そ、そうか……」(ダメか……。客室か、あるいは私と一緒の……いや、文字があった!)
…………文字をなくす目的がそれですからね。
分かりやすく頭を抱えている。
「早くリハーサルになれ……」(早くリハーサルになれ)
心の声が漏れた。
あのー、文字がなくなっても泊まりませんよ?
「結婚後はずっと一緒です」
「待てない」(待てない)
おやまあ、はっきりと言うものである。……少し、嬉しい。
風船を横に置いて、ほんの少しテオに近寄る。
「今は誰もいません。二人きりです」
顔を上げて私と視線を合わせるとふ、と笑みをこぼした。私の背中に腕を回して抱きしめてくる。
「そうだな。――メリッサ、好きだ」
目を閉じれば柔らかい感触が唇に落とされた。
「愛している」
…………え。
は、初めて聞いた。さすがに愛情が大きすぎないか。彼の胸の中に顔を埋める。
ああもう、にやけてしまいそうだ。
* * *
ついにリハーサルという名の王冠の魔具を調べる日がやってきた。
テオとともに教会へ行く途中のホールでアレッシオ叔父様とラウラと合流する。
アレッシオ叔父様は頻りに欠伸をして目をこすっている。よくよく見れば隈までできていた。
「いやあ、楽しみで眠れなくて……。始まりの王太子がどんな魔法を追加して七百年経った今どうなっているのか、といろいろ考えちゃって」
すごい。ここまで行くと感服する。
ラウラには反対に「徹夜には慣れているから」と明るく告げられてしまった。綺麗なお肌なのにもったいない。
テオの緊張している様子が私と繋がれた手で分かる。時々ぎゅっと痛いほど強く握られ、その度に謝られた。
テオの緊張が移ったかのように私も教会が近付くにつれドキドキしてきた。
「ああ、来たか」
教会の入り口は一つだけ。入ればお義父様が王冠を身に付けていらっしゃった。礼をしたが心無しか皆いつもより早く顔を上げていた。
王冠を取って後ろにあるアメシストを私達に見せるように持つ。
「時間に限りはあるが好きに調べてくれ」
「おおー! これが!」
早速とばかりに王冠の周りに集う。壊したら大変な物なのに好奇心が勝っている。
アレッシオ叔父様がアメシストの上に手をかざした。宝石が光り、何やら細かい文字がびっしりと連なる画面が現れた。うわあ。
「ん?」
小さく呟くと不思議そうに首を傾げる。
「これ、欠陥品だね」




