母は最強
お昼、部屋に戻ってきたテオからリハーサルを一か月後に行うと教えられた。
「王冠は普通使用しないが父上に口添えしてもらって特別許可が出た。正式なものと同じく教会で行うことになったから時間は限られてしまった」(一か月後か……)
おお、さすがお義父様。ありがとうございます。
本来と違いお義父様がいる代わりに他の人間は入らせないようにするそうだ。多忙なお義父様がいるから時間はまた短くなってしまったものの仕方がない。
「カルロも助けてくれた。その……私の分の仕事を請け負ってくれた。すまない」(カルロに迷惑をかけてしまった)
「……? 何故私に謝るのですか?」
「メ、メリッサは、カルロが、す……好き、だと……」(好みのタイプは私ではない)
…………はい?
今も好きでタイプも変わっていないが、あくまで兄弟である。後で私も感謝しようと思うことはあってもそれでテオに怒ることなどあり得ない。
テオを待っている間作っていたバルーンアートを渡しながら不満気に呟く。
「私ブラコンじゃありません」
「そ、そう思ったわけでは……」(カルロに妬いたわけでは……)
「兄とキスなんていやです」
「しないでくれ!」(しないでくれ!)
いや、だからしたくないですってば。風船に力を入れたら割れてしまいますよ。
「えっと。これは、薔薇か?」(話題を変えよう)
こくりと頷く。私もどうせなら風船の話のほうがいい。
ちょうど赤と緑のツイストバルーンがあったため作ってみた。
「そういえば薔薇園はまだだったな」(約束していた)
私もテオも文字に時間をかけてしまい未だ行ってない。
テオに謝罪されたがそれを考えて作ったのではない。
薔薇園に行くのはいつでもいい。チャンスは今後たくさんある。私は結婚したら王城に住むのだから。
「いつか必ず行こう」(虫よけの魔具を忘れずに)
「はい」
「その……私にも教えてくれないか?」(メリッサは実物より風船のほうが好きそうだ)
「はい!」
その通りです!
私が王太子妃になったらバルーンアートを流行らせるのもいい。
テンションが高くなった私を見るテオの瞳は温かかった。
お昼を食べてバルーンアートで遊んで、帰る時間になった。
テオが作った薔薇は当然お持ち帰り。
私は明日から一か月後まで自由の身だ。
(朝……昼……晩……もっと会いたい)
テオは不満そうに私を馬車まで送る。お茶会とお昼は変わらない。結婚すれば毎日会うというのに、気が早いことで。
馬車の前で名残惜しそうに抱きしめられる。
「では、また」
「ああ……」
返事をしたけれど離す気配がない。顔を上げる前にテオの力が反対に強くなり……固まった。
今更固まるか?
顔を上げれば目を見開いて横を向いている。視線を先を追ってみたらそこにいたのは、――私の父親だった。
兄が年を取ればこうなるのだろうな、と思うほどよく似た外見。ワイルドで実に私好みだ。ただ表情豊かな兄と違い表情が変わらない人だから顔を見ても喜怒哀楽が分かりづらい。
「…………」
三人共無言。
テオは全身を強張らせながらも私を離さなかった。
父も何も言わない。無表情で無言って、何か怖い。
兄の時とはまた違った気まずさがある。
「……」
一分も経たないうちに目礼して奥のほうへ行ってしまった。何のためにここへ来たのだろう?
テオの心臓がばくばくしている。
彼が暴言を吐いていた頃父に怒られまくっていたのは聞いた。淡々と説教し最後のほうは無言で見つめ続けるだけだったらしい。頭の文字を読む限りその時のことを思い出したようだ。パニックになっている。
(何だ? 何故ここに? いちゃいちゃしているところをカルロは見たくないと言っていた。では父親もそうなのでは? 後で説教か? 今までのことを考えると何も言われないということは……)
高速で文字が動くのでこれ以上は判読不可能。
私もどうしたらいいのか分からない。
こういう時頼りになるのは母だ。
母だけは父がどんなに無表情で無口でも心情を察することができる。
「愛の力よ」
と惚気られたこともある。だからテオが昔私に対する理解力がなかったのは私への愛情がないからだと思っていた。
親友のラウラは分かってくれたため尚更そう思ってしまったのだ。
* * *
テオを慰め家に帰宅する。あ、お別れのキスを忘れた。
今母に会っても何も知らないから父の帰りを待って、と思っていたもののリビングにいた母は微笑みを浮かべて私を見てきた。ソファーの隣に座るよう促されたので素直に言うことを聞く。
「ふふ。馬車に乗る前はいつもいちゃいちゃしているって噂になっていたから感情の準備ができたことは良かったみたい。直接見たくはなかったけど、仲良くなってよかったってあの人は思ってるわよ」
「……あの、いつ父と会ったのですか?」
「ううん、会ってないわ。ついさっき今日の帰りは遅くなる、って手紙が届いたの」
ああ、父があそこにいたのは手紙を届けさせるためだったのか。
……どうしてわざわざ別の馬車に頼んだんだ。私ではダメなのか。
私達のことは書かれていないはずなのに、と疑問に思うのは今までの経験上無駄だ。
魔法を使っていないにも関わらずここまで理解できる超人の母と同じものをテオに求めた過去の私は何と愚かだったのか。
とりあえず、不機嫌になっていないなら良かった。
母が手を伸ばし私の頭を撫でてくる。
「貴女がこの家に帰ってくるのも後何回かしらね。王太子妃になっても時々は帰ってきてくれると嬉しいけれど……帰ってこないということは貴女が幸せな証拠だから我慢するわ」
ん? 帰ると不仲だと噂されるのか?
王太子妃が実家に帰りにくいのは忙しいからだと思っていた。どちらにしろ今たっぷり実家を満喫せねば。
「んふふ」
母は何故か笑っていた。
父はともかく私や兄に対してはあまり発揮されないはずだが……。
その後兄に帰宅するなり「何かあったのか?」と質問される。
ずっとテオが挙動不審で私との間に何かあったと考えたらしい。父とは会わなかったそうだ。
詳細を告げたところいやーな顔をされた。
「お前ら……もう外でいちゃいちゃするなよ。見たほうも気まずいんだよ」
ひどい。私達が現在いちゃいちゃできる時間は限られている。
しかしまあ、お義母様も結婚後は公の場でいちゃいちゃしなくなったと言っていたから気を付けるべきなのだろう。
特に肉親に見られるのは恥ずかしい。
次会った時テオに相談してみよう。
手紙の通り帰りの遅い父を玄関で待つ。
帰ってきた父は私を見てもやはり表情を変えなかった。
「ただいま」
「お帰りなさい。……あの、今日のことなんですが」
続きを言う前にぽん、と頭を撫でられる。温かい手の平だった。
手が離れるとそのまま母の元へ行ってしまう。
え。
会話終わり?
「あなた、お帰りなさい。あら、今日はいいことがあったのですね」
「……」
「まあ、そうなのですか。いろいろ聞かせてください」
「……」
「あらあら。それは面白いですね」
母は口に手を当て笑っている。父の口は開いていないから小声でもない。
見慣れた光景であるが今日は特別異様に感じる。いや、前からもっと疑問を持つべきだった。
魔具があると説明されたほうがどんなに納得できることか。ラウラが苦労してかけた魔法を軽々とやってのける母。
愛の力ってすごい。
私にあの能力があれば無駄な十年を過ごさずに済んだであろうか。文字の解明も早かったに違いない。
前半のみ兄に告げたところ
「あれはお母様の特殊能力だ。常人には無理だ」
冷静に諭されてしまった。




