始まりの王太子①
ここはどこだ?
周りを見る前に腰をぐっと引き寄せられる。一瞬体が強張ったが相手を見て安心した。
「テオ……」
「しっ」
辺りを見回して警戒している。私は言われた通り静かにじっとした。周りは白い靄みたいなもので覆われている。
私とテオだけ? ラウラは腰を持っていたのにいない。
場所を移動する魔具はあるがこんな亜空間のような場所は知らない。宙に浮いているけれど特にそんな感触もない。透明な床の上に立っているかのようだ。
一体何が何なのか、あの絵画にどんな仕掛けがあったのかと考えているとどこからか声がした。
「君と飲む茶はまずいな」
……ん?
どこかで聞いたことがある暴言だ。テオが自分ではないと一生懸命首を横に振っている。
声も違うし聞こえてきた場所も違うからそんな勘違いはしない。
二人して声がしたほうへ目を向ける。
下、からだった。
靄が晴れていき、代わりに見えたのはテーブルに向かい合う男女の姿。まるで私達のお茶会である。
んん? 男のほうがテオによく似ている。双子かと思うほどだ。テオも男のほうを凝視していた。
「では、そろそろお開きにしましょうか」
「ああ、そうだな。つまらない時間だった。何故君が私の婚約者なのか」
「……。それでは殿下、ごきげんよう」
女性があからさまにいやな顔をしながら礼をし、扉から出て行く。
すると男性が頭を抱えた。
「あああああ、私のバカ! どうしてまたあんなことを……! ……死にたい」
テオがものすごく複雑な顔をしている。昔の彼そっくりなのであろう。
私は何やらぶつぶつ呟いている男性の顔を見つめた。本当にテオとそっくりだ。
そして、あの絵画に書かれた肖像画ともそっくりだった。
もしかして、ここは……。
「ああもう、何故私は…………うわああああ! 何だお前達は!?」
「「え」」
男性が嘆きながら上を仰いだかと思うと立ち上がる。視線ははっきり私達に注がれていた。見えるのか。
「あっ」
いきなり透明な床がなくなったかのごとくバランスが崩れる。それなのにゆっくりと体は地面に着地した。
「なっ……は? え? お、王太子の部屋にいつの間に侵入したんだ。ここは私自らバリアの魔法を…………私?」
テオと顔を見合わせている。私が交互に見ても本当によく似ていた。髪型が若干違うか。
「あの……少々確認したいのですが、クオーレ国建国何年ですか?」
テオが口を開く。男性は未だ信じられないかのようにテオを見つめながら答えを口にした。
今度は私達が顔を見合わせる。今から約七百年前。
「ということは、やはり……」
「です、よね」
テオと同じことを考えていたのだと分かる。秘密の部屋、というか、まさかの……。
「……? さっきから何なんだ? 何故私と同じ顔の男が……」
テオからの視線に対し頷く。説明はしておくべきだ。
私達が、過去に来てしまったかもしれないと。
* * *
「未来? で子孫というのか? つまり……私はメリッサと結婚できたということなのか!?」
確認したいのそこですか。信じるの早すぎ。
……って、え?
「同じ名前?」
「ん? 君もメリッサという名前なのか?」
「……はい」
王太子――トーニオ様がテオに似ているだけあって婚約者の顔が私にまったく似ていないことが不満だったが、名前が同じとは。
「私の子孫がメリッサと結婚……いいなあ」
いいなあ、と羨ましがられても。同じ名前なだけです。テオはまた複雑な顔をしていた。
そういえば、さっきから頭の上に文字が出ていない。そうか、なくなったらこうなるのか。
……やはり寂しいかも。
「確かに文献によるとメリッサと同じ名前の王妃が一名存在します。ただだいぶ昔に見たのでいつの時代かは忘れてしまいましたが……」
「……そうか。それが分かっただけでいい。ありがとう」
トーニオ様は安心しているが、何故テオは知っている。視線で問いかければ気恥ずかしそうに目を逸らされた。
「片想いの頃見たんだ。メリッサと同じ名前の王妃だから記憶に残っていた。……私も、いいなあと、思っていた」
そう、です、か。こちらも小っ恥ずかしい。
「……で? 君達はいつまで抱き合っているんだ?」
低い声がして恨めしそうな顔が見える。
あ。
確かにずっと抱き合っていた。離れようとすると腕の力が強まる。
顔を上げれば無意識だったらしくテオの頬が赤に染まった。
「す……すまない」
「い、いえ……」
お互い照れながらソファーに座るために離れた。
向かいに座り直したトーニオ様のはああああ、という重い溜め息が聞こえる。額を手で覆うようにして突っ伏した。
「いいな、羨ましい。私もメリッサとこうなれたら……」
「……素直になればいいじゃないですか」
思わず言ってしまった。
「それができれば苦労しない!」
顔を上げた彼は涙目だった。えー?
「素直になれたらなんて、そんなの毎日神に願っている! しかし願っても願っても願っても何も改善されない! だから私は考えた、もう私が素直になれる道具を作るしかないと!」
「………………」
考えが、飛躍している。
この人が魔具を発明した人かもしれないとはいえ何故そこに行き着く。
もっと頑張れ。
だがテオは理解できるというように小さく頷いていた。
えええ~。
努力する方向を完全に間違えている。さすがテオの先祖。
「神様に願っていたら来たのは君達だったけどな。私が作った魔法道具が七百年間も使われていたとは……まだ考えたばかりだったのだが。あれもそうなのか?」
「はい?」
トーニオ様が指さす方向を見れば……何故かラウラが持って来ていた魔具が部屋の隅に置いてあった。
あれも一緒に移動していたのか。いつの間に。
王太子が魔法を使ってテーブルの上に置く。その前に置かれていた茶器などはさっと手を払っただけで消えていった。
「ほう、これが魔法道具か」
……? 初めて見るみたいな言い方だ。私の考えが分かったのか彼の視線が私に向かう。
「この時代にはないぞ。私が初めて作ろうと思っていた。大きい物なのだな」
「ぇ……いえ、これは作り始めの物らしいです。この後コンパクトにするそうです」
試作品であることを話す。
「そうか。……ああ、本当だ。小さくできる魔法がすでに組み込まれている。それにしても君達から聞いた物とは少々違うな。心の声が特定の人に見えるだけだ。私が考えていた物とも違う」
「いつ調べたんですか?」
「魔法を使えばすぐできる。君達を信用したのも嘘をついていないと魔法を使って調べたからだ。七百年後は魔法の文化が衰えているのか?」
否定はできない。彼がいつ調べたのかまったく分からなかった。テオも全然分からなかったようで驚いている。
「まあ想定はできる。今は魔法を使えること自体、王族のみだ。私の婚約者のメリッサは魔力がない。王族同士の結婚でなければ魔力が衰えるのは当然の結果だ。皆が魔法を使えるならそのほうが全体的に国としていいことだろう。――それに、私はメリッサがいい」
淡々と述べていたのに最後だけ目を細めて少し口角を上げていた。
この人も。
暴言の後、一瞬だけ申し訳なさそうな顔をしていた。
それをするくらいならやめればいいのに、道具に頼ろうとする辺りが変な人間だ。
トーニオ様はじっと魔具を見つめて時々探るように触っている。
「なるほど。文字の色を変えるのはいいアイディアだな。面白そうだ。ああ、けれど色だけではつまらないな。もっといろいろな効果を出そう。このほうがきっと面白くなる」
……ん? 顔を見ればわくわくしている。
…………。
あ、この人アレッシオ叔父様の先祖でもあるのか。ラウラも言いそうだ。
面白い、だけで足せる能力があるのがすごい。




