克服してみましょう
あの後テオに説明したら本当に無意識だったらしくどんな顔をしていいか分からないとばかりに百面相していた。エディに気付いたのはその後。
「ひどいよ兄さん」
不満そうだったがテオはそれどころではないと軽いパニック状態だった。兄の前で抱きしめてしまったことにも慌ててしばらく仕事が滞ってしまい、残念なことに兄から「もう来るな」と言われてしまった。
繁忙期以上にげっそりした顔で言われたため謝罪した。
といっても、執務室以外でテオが私に気付かず集中している場面はあるのだろうか。
惜しいことをした、と現在ベッドで眠る彼の横のイスに腰掛けながら考える。
今はどうなのだろう。
さすがに声をかけるだけで反応されたらいろいろと大変な気がする。
「テオ」
「…………」
ぴくりと瞼が動いたもののそれだけだった。安心したような残念なような。
「テオ」
今度は肩を揺らしながら口にする。
「んっ…………」
ゆっくりと瞼が開く。何度か眠たそうに目をぱちぱちさせ、私がいる方向へ顔を動かした。
「おはようございます」
「おは………………」
反射的に返事をしようとしたところで言葉が止まり、顔を強張らせた後だんだん目が見開いていく様子は面白かった。
「はっ……え、メ、メリッサ!?!」(な、何故メリッサが? わ、私きちんと服は着ているよな? き、昨日の記憶は? まさか知らぬ間に彼女に無体を?!)
がばりとベッドから上半身起き上がると自分の服装を確認し部屋を確認し私の全身を確認しもう一度部屋全体を見回す。
「落ち着いてください。何もありません。先ほど女官から起こしてほしいと頼まれて来ただけです」
時間帯が関係あるかもしれないからと今日はラウラから早めの集合時間を伝えられていた。それはテオに話していたはずだ。テオも思い出したようで自身の胸の辺りを手で抑えながらほっと息を吐く。
「そ、そうか……」(う、嬉しいが心臓に悪い。女官め、何故寝室まで案内したんだ)
「歩いていたら私に起こされたほうが喜ぶのでは、と言われまして。了承したのは私ですから怒らないであげてください」
「あ、ああ……怒るつもりはない」(ぐうっ、よく分かっているな。褒めておこう)
そっちですか。私も含み笑いをされながら依頼されたので調子に乗ってしまった。
後、寝室にちょっと来てみたかった。当たり前だが広い。ベッドも広い。
結婚した後共に寝る部屋でなくてもドキドキする。顔が変わっていないからテオには気付かれていないはず。
さすがに朝早くて眠い。小さく欠伸をすると心配された。
「大丈夫か?」(私よりも早いのだ、ラウラは無茶をさせすぎでは)
「大丈夫です。元々来ようと思っていましたから」
「……は?」(?)
「時間帯が関係あるかもしれないと言ったでしょう? ですから朝一番のキスをしに来ました」
「……………………」
白い靄になった。寝起きで頭が働いていないらしい。
この隙に、と唇を押し当てた。頭が沸騰した。
ふむ。お義母様達の話からすると寝起きのキスの可能性は十分にあると思ったのだがどうやら違うみたいだ。
混乱しているようで頭の上の文字は解読不可能である。
あ、白目。
テオが回復するにはそれなりの時間を要した。
「大丈夫ですか?」
「だ……だ、大丈夫、だ」(心臓が止まるかと思った)
肩で息をしている。キスをする時間帯を変えただけなのに。朝はやめたほうがよさそうだ。
「もう起こさないほうがいいですか?」
「え? そ、それは……」(もしかしてメリッサが毎朝起こしてくれるのか? 嬉しい! やった!)
途端に肩を落としてしょんぼりする。
文字は小躍りしていた。その前に返事。読まれたことに気付いて顔を赤らめている場合ではない。
目を直視していると
「……と、時々はお、お願い、してもいい、か?」(さすがに毎朝はメリッサがつらいだろう。私の心臓も危ない)
尻すぼみになりながらも最後まで発言したため「はい」と素直に返事をした。
その後、何故かテオと一緒に朝を食べることになった。
本来はラウラと食べる予定だったのだがそれを知るなりテオがテレパシーでラウラと交渉した。
今はいつもお昼を食べるソファーに座っている。
家ではなるべく家族とともに食事しているけれど王族ともなるとそうはいかないらしい。ダイニングルームがあるのにもったいないことだ。王子妃になったら習慣を変えてやろうか。
テオは今支度をしていて隣にはいない。
手持ち無沙汰なのでついさっきの寝顔を思い出す。
幼い子どもみたいで可愛かった。起こす前にぷにぷにと頬をつついていたことは気付かれていないようだ、良かった。
うーん、相変わらずもちもちな肌だった。羨ましい。後で女官にどんなスキンケアをしているのか聞いておこうか。
……何もしていないと言われたらどうしよう。
そうして悩んでいる間にテーブルに次々料理が運ばれていく。
とある料理を見てぴたりと思考が止んだ。
まさかのグリーンピース。
そのまま料理を凝視していると着替え終えたテオがやって来た。すぐに私の視線の先を見つめる。
「あ、あれ? す、すまない」(何故だ? シェフには伝えたはず……)
シェフが私の好き嫌いを知っていたなら、可能性としては、兄か。
兄は王妃となる私に好き嫌いはいけない、という考えを持ちアレルギーではないからと何かと食べさせたがる。恐らくテオの前にシェフに告げていたのだ。
自身も嫌いな物を頑張って食べているので文句は言えない。
魔具はある。グリーンピースの味と食感を錯覚させてくれるもの。種類は三つ。私の好きなクッキーとチョコとキャラメル味。指輪のような楕円形の小さな魔具をスプーンやフォークに装着すればいい。
持って来ていてよかった。
しかし。
嫌いだ。
見た目も変えてくれないだろうか。
「メ、メリッサ? その、わざわざ食べなくてもいいと思うぞ?」(大丈夫か?)
そう言ってもらえるのはありがたい。しかしそうするとシェフから兄へ連絡が行く。私が食べていないことを知れば家で出てくることは想像に難くない。
兄のバカ。
仕方ない、と魔具をポケットから取り出しスプーンに装着した。
「大丈夫です。ラウラから魔具をもらっているので一応食べられます」
「ぇ……あ、同じだ」(メリッサも持っていたのか)
同じ? テオもグリーンピースが嫌いだったのかと思ったらテオが持っていたのは同じ形の魔具だった。
「今年のラウラからの誕生日プレゼントだ。これのおかげで初めてピーマンが食べられた」(ピーマンがオムライス味になるなんて)
そういえばラウラからの誕生日プレゼントの中身を聞いていなかった。これだったのか。
しかもオムライス味とは。ラウラもテオの好物を知っていたのか。
…………。
小さく首を横に振る。あの可愛いラウラにまで妬く自分はいやだ。
ちらり、と料理を見る。
あいにくピーマンはなかった。
シェフのバカ。
「あの……私が食べようか?」(すごくいやそうな顔をしている)
「…………いえ」
グリーンピースに栄養があることは知っている。テオの肌の秘訣がこれかもしれない。
違ったら今日を限りに食べないぞ、と決心した。




