甘えてはダメだ(テオ視点)
表情が柔らかくなった、と最近よく言われるようになった。それはもう幸せだからだ。
幸せだ。幸せすぎる。求められるとはいいものだ。
昔は私が暴言を吐いてしまって、それでメリッサに無視されて、また暴言を吐いての負のスパイラルだった。最低だ。
今は素直になるよう努力している。そうすればメリッサも応えてくれる上にデレてくれる。幸せだ。笑みが止まらない。カルロにはよく「にやけている」と言われる。
ああ、この前も幸せだった。何度もキスする私に大人しく身を任せてくれた。
メリッサのほうから甘噛みされたのはびっくりしたが思い出す度にやけずにはいられない。
文字が見えていなければ彼女を押し倒していたかもしれない。危なかった。
今日はメリッサとのお茶会の日だ。
最初は違ったけれどお茶会の準備はできる限り私がするようにしている。
こんな自分でも彼女に何かできることがあるならと思ったのだ。私が用意したクッキーを食べるメリッサを見て癒されていた。
……彼女がダメなりんごのケーキにしていた時のことを思い出すと本当にもう死にたくなる。
それ以外でも私はダメダメだった。何度カルロに叱られたことか。メリッサの父親、オリヴェーロ公爵からも幾度となく雷を落とされた。
彼の容姿はカルロに引き継がれたが表情はメリッサに似ている。そんな彼に淡々と説教されるのは誰よりも堪えた。
それでも彼女を目の前にすると心臓がばくばくして頭が真っ白になって思ってもいない言葉ばかり口にしていた。頭の片隅にあったのはかっこ悪い真似はしたくない、だ。
それが不機嫌な顔に繋がっていたのだから本当に、もう。昔の私は。
メリッサにはいつまでも引きずる必要はないと言ってもらえたけれど、今どのくらい挽回できているのだろうか。
私は幸せだが、その状況もメリッサが私に対し積極的に協力してくれるからだ。
文字をなくしたいのは私の願望なのだから、彼女に甘えたままでいいわけがあるまい。
しかし今日は悔しくも急ぎの用が入ってしまい準備する時間がなく、女官達にお願いした。
紅茶を一口飲んだメリッサが首を傾げる。
「今日はいつもの方ではないのですね」
毎回茶葉を変えているのに一口飲んで分かってくれたのか。嬉しい。
「すまない。今日は忙しくて……」
「はい?」
メリッサの眉がぴくりと少しだけ動く。いつもは私がしていると告げると呆れた視線を向けられた。気まずくなって目を逸らす。
メリッサを喜ばせられるなら、と思ったのだが……。
「何しているんですか。努力する方向を間違えていますね」
ぐっ……。そ、その通りだ。自分でも本当にそう思う。私がまず努力すべきは暴言に関してだった。
過去を思い出す度壁に頭を打ち付けたくなる。周りに何度もやめろと言われてやめたことだ。
「………………」
メリッサからの視線が痛い。「していたんですか?」と言いたそうだ。
後ろにカルロが立っているため言えないのであろう。二人きりになる許可は下りなかった。
「……まあ、ありがとうございます。テオの淹れる紅茶、好きですよ」
そ、そうだったのか。嬉しい。両親が何気に自分で淹れるのが好きで教えてもらっていた。二人に感謝だ。
ただ今日は風船が一つだけ。風船があるとメリッサのテンションが割かし高めなことが多いから用意したかった。
もっとメリッサを喜ばせることはできまいか。
* * *
「何かくだらないことを考えてますね、集中してください」
後日ラウラを連れて魔法を駆使し秘密の部屋を探っていたところそんなことをじと目で言われた。
くだらないこととは何だ。彼女のことなら全て大事なことだ。
ラウラの感情を素直に表すところがメリッサにとっては可愛いらしいが、呆れた瞳ばかり向けられている私にはちっとも理解できない。
ラウラはメリッサが好きだから私には厳しかった。それは仕方がないとしてもやはり可愛くない。
メリッサのほんの少し口の端を上げる微笑のほうがよほど愛らしい。
「だから集中してくださいって言ってるじゃないですか」
ぽか、と持っていた地図の紙を丸めて叩かれた。わざわざ最新版を作成したそうだ。文字をなくす協力はありがたいものの王太子に対して礼儀知らずめ。
「何なんですか? どうせメリッサのことでしょう? 貴方が一人で考えて上手くいった試しあります? さっさと言ってくださいよ」
従兄弟とはいえ遠慮がない。しかしその通りだ。私がうじうじ考えていても始まらない。ラウラはメリッサの親友だから相談にはちょうどいい相手でもある。
「……メリッサが喜ぶことで、風船以外で、私にできることは何か、知らないか」
「何言ってるんですか? テオ殿下知ってるでしょ?」
知っている?
質問したのは私なのに質問で返された。ラウラは不思議そうに目を真ん丸にしている。
「メリッサがちゃんとクイズにして言ったんでしょ? 忘れたんですか?」
クイズ。
彼女からクイズにして出されたのは……。
――好きです
名前で呼んでほしいと言った私に出されたあの日のメリッサのクイズの答え。
…………あ、あれ?
私、言ってなかったっけ?
……………………お、覚えがない。
文字をなくしたいと願っているくせにそこまでメリッサに甘えていたのか。
ガーンと落ち込み作業を中断させる私をまたラウラが地図で叩いてきた。
* * *
魔法のほうに大した成果はなくラウラ共々溜め息をつくのみだったが、こちらはしっかりせねば。
カルロの前で言える気はしないのでお昼を共にする日まで自室で練習した。
今日もメリッサが来るまで何回か呟く。心の中でなら簡単に言えて効果がないことは暴言の時に分かっているので実際口にする。
「す、す、す……好き、だ」
練習してこれとは……もっとスムーズに言えないものか。
やってきたメリッサは入ってくるなり驚いたように部屋を見回した。
風船はあるが、それに対してのものではなさそうだ。
「メリッサ?」
名前を呼べばはっとしたように私に視線を向ける。……いや、私の頭の上に、だ。
文字がどう見えているのか想像するしかないが、寂しい。私は目を合わせたい。
彼女がこうしてすぐ文字に視線を向けるのも私が何かと口にしないからか。自分が情けない。
「今日は何かありましたか?」
ソファーの隣に座って質問される。
それに私は手を伸ばして応えた。彼女を腕の中に包み込む。先に文字が見えるのを防ぐためでもある。
「メリッサ……す、好き、だ」
言えた。一回だけでは私の想いには到底足りないのだがいざしてみると心臓のばくばくが止まらない。破裂しそうだ。
それでもいつまでもこうしていたいとさえ思う。彼女の温もりはドキドキするとともに安心する。
言えないならせめて、と腕の力を少し緩めメリッサと目を合わせ、その下にある柔らかい唇に自分のを合わせた。
ここから私の想いが全て伝わればいいのに。
そんなバカげたことを考えていると、唇が離れた後メリッサは躊躇いがちに口を開けた。
「ペナルティを減らしますね」
………………ん?
ペナルティ?
あ。
わ、忘れていた。
ち、違う。ペナルティを減らすために言ったわけではない。
「大丈夫です、分かっています」
また彼女の視線は頭の上だった。
彼女や文字に甘えていてはダメだ。
「聞いてくれ。……わ、忘れていた。ただ……喜んで、ほしくて」
……ん? この言い方もおかしくないか?
私が好きと言えば喜ぶとは、何と傲慢な。
間違えた。首を横に振る。
「ち、違う。その……私が、言いたかった」
そうだ、こちらだ。好き、と気持ちを伝えたかった。彼女とキスがしたかった。……これも我侭だが、本音だ。
「ですから大丈夫ですよ。文字を見る前から分かっていました。……それでも、言葉にされると嬉しいものですね」
メリッサの口角がゆっくり上がる。可愛い。
そうだ。前から言われていたではないか。口にしてほしい、と。
そうしよう。頑張ろう。
彼女を傷つけていた分、いや、それ以上の愛情を送るのだ。




