寂しくなる?
今日は月一のお義母様とのお茶会の日だ。以前はテオとのお茶会が被れば迷わずお義母様を優先していたが今はお義母様とのお茶会の日にちをずらすことにしている。
(母上に勝った!)
とテオは喜んでいた。今まで一体何の勝負をしていたのか。元々月一といってもお義母様の都合のいい日にしていただけで明確な日にちは直前まで決まっていなかった。要するに何かにつけてテオとのお茶会を中止する理由が欲しかっただけ。言ったらショックを受けていたものの自分の態度では仕方がないと納得していた。
お義母様からは文字が初夜でもあるから王太子に言わない、ということについてすぐ「ごめんなさいね、教えなくて」と謝られた。教えづらいのは分かるのでいい。
「私はあまり詳しくないの。起きたらなくなっていて……いつ消えたのかしら」
ほう、と溜め息をつき
「ある時は恥ずかしかったけれどなくなったら寂しくも感じたわ」
とも言われた。
背中がむずむずするためあれ以来話題にするのを避けていた。
今日は聞きたいことがある。テオが一目惚れしたことは聞いたが、それでも。
「どうして文字のことがあるのに私と婚約をしたのですか?」
お義母様の場合は他国だから仕方がないとして、ラウラとアレッシオ叔父様が調べたところによると王太子が成人前に婚約というのはあまりなかったらしい。逆に20歳になれば婚約してすぐ結婚、が多かったそうだ。
お義母様は思い出すように視線を上に向ける。
「テオがものすごく望んだのよ。貴女以外とは結婚しない、今すぐ貴女を婚約者にしたいって。すでに暴言を吐いて貴女に嫌われていたからね。ジャンも、自分も一目惚れだったからあまり強く言えなくて。それと、嬉しくて」
え? 笑うお義母様が仰った言葉の意味が分からない。
「あれがあの子の初めての我侭だったのよ。それまでは優秀で一切弱音を吐かない子だったのに、貴女のことで一喜一憂して落ち込んで反省して……って、すごく感情豊かになって。苦労した貴女に言うのも何だけど、いろいろなあの子が見られて嬉しかったのよ」
「…………」
私は見ていないものだ。どんな風だったのだろう。複雑な気持ちになる。
「それに、ここまで違う反応をするなら運命の人かもしれないと思ってね」
結局は分からず20歳になって文字が現れるまで静観したらしい。現れるのが遅く一度は婚約解消も視野に入れたとのこと。
「まあテオが了承するわけないし、やっぱり運命の相手は貴女だったわね」
お義母様は嬉しそうにしているがいまいちピンとこない。
文字が見えるのが運命の相手というところは果たして真実なのか。
アレッシオ叔父様は神様からの贈り物という説を信じていないため懐疑的だった。
私もそちらがしっくりくる。
一目惚れした相手、とか。
そうなると歴代の王太子が惚れやすい人間になるけれども仕方がない。
アレッシオ叔父様の魔具だったら儲かる発言はなくなってしまうが、冗談っぽかったからいいか。
お義母様に聞いてみると首を傾げられてしまった。
「ジャンとテオはそうだけど前国王は違うわ。幼い頃からの知り合いで、20歳になって文字が見えたから婚約したそうよ。アレッシオが話題にしていなかったでしょう?」
なるほど、私が考えることはすでに調べ済みか。自分ではできないことでいちゃいちゃしよう、と言ったわけだ。
考えるために顎に手を当てるとお義母様が苦笑する。
「私達は結婚まで全然そういうことをしなかったから参考にならなくてごめんなさいね」
「……謝ることではありません」
やめよう、義理の母になる人とそういう話をするのは精神的につらい。これは癒しの時間だったはず。
紅茶を一口飲む。今日は薔薇の香りの紅茶だった。
りんごがバラ科だからいいのかと思われがちだが、テオとのお茶会があってからラウラがアレルギー防止の薬を作ってくれた。毎朝それを飲んでいる。
初めてりんごを食べても何ともなかった時は感動して結局味が分からなかった。一説によると加熱すれば大丈夫な例もあるようであの時アップルパイが食べられたかもしれないけれど、ラウラが薬を作ってくれたから本当にあの時のことは恨んでいない。むしろひっそりと感謝していたくらいである。
ムカついたのは私について知らなかったことなので教えるつもりはない。
ふふ、と紅茶を飲みながらお義母様が微笑む。
お義母様とお義父様は薔薇が大好きらしい。
薔薇の温室が庭園にあるそうだ。行ってみたいものの、テオは大の虫嫌い。確か虫よけの魔具を持っているはずだが案内してもらえるだろうか。
お義母様からはぜひ見てほしいと言われた。今でもお義父様が自身で管理しているとのことで、本当にさまざまな種類の薔薇が咲いているのだという。
本棚から図鑑を持って実際咲いている薔薇を教えてもらった。薔薇の鮮やかな赤とお義母様の赤い髪を見つめる。えっと、背中がむずむずしてきた。
* * *
「ああ、魔具があるから大丈夫だ」(メリッサは薔薇が好きか?)
その次のお昼にテオと会い聞いてみたところそう返事された。
薔薇のバルーンアートなら大好きだが、実物の薔薇となるとあまり見たことがない。
(私魔具について言ったっけ?)
と不思議がっていたためそれは文字を見たことを告げる。
(そうだ、あの時も文字が……あああ、だから膝枕と言われたのか)
真っ赤にした顔を両手で覆い俯いた。
そういえば心臓が飛び出そうだと言われていた。ということはしないほうがいいのか? いや、膝枕くらいで心臓が飛び出る人が初夜などできるか。慣れてもらうために今度しよう。
「昔から魔具があったのですか?」
「なかった……だから東屋から出なかったのだ」(メリッサがエディと遊ぶところを見ていることしかできなかった)
あの時は絶賛暴言を吐いており私はそれに応戦していた。だからそれで正解だと思う。
そして、今日はこの後教会に行く予定だ。教会は他の者も使いやすいように真ん中のホールの屋上にある。いつも通り手を繋ぎながら歩いて行った。
「数分しかいられないがて……手配、した」(つ、ついに行くのか)
と話すテオの顔も赤だった。わざわざ教会にキスをしに行く、という事実に緊張するらしい。
教会はともかくキスにもまだ緊張するのか。何回すれば慣れるんだろう。
今のところ一番の文字がなくなる候補。何故か私も教会が近付くにつれて緊張してきた。
広い教会に二人きり。来年には大勢の前でキスをする。
テオにエスコートされて誓いの口づけを行う場所まで向かう。初めて来たわけではないのに本番の練習みたいでドキドキした。
テオはもっとドキドキしていることが手の震えと文字で分かる。
「で、では、いいか」(うわああああああ)
両肩に手が置かれる。私はそっと目を閉じた。
「っ……」
いつもより躊躇う気配がする。数分しか時間がないと言ったのは彼だ。ここでいちゃいちゃするつもりはない。
やがて決心したようでゆっくりと唇が塞がれた。
目を開ける。
真っ赤だと思ったテオの顔は和らいで口元をほころばせていた。
(早く結婚したい。メリッサ、好きだ)
文字があることにほっとする。時間が経過すればなくなる可能性がないわけではない。
確かに、なくなったら寂しくなりそうだ。次テオに会うのが若干怖くなった。




