笑い合いましょう
誕生日の時のダンスは一度だけ。テオはもっと踊っていたそうだったが例年お客様の対応に追われるのだ、いつまでもダンスを踊っている暇はない。
(もっと踊っていたい。離れたくない)
文字がまた青になっていく。いや、黒か。
いつもはすぐ離れてエディの元へ行っていた。今回はそうするつもりはない。
「離れませんから」
小声で囁いて握られていた手に力を込める。安心したように顔が柔らかくなった。うん、それでいい。
「よくよく考えれば兄さんの警護のためって言えばいいんだよね? 忘れてたや」
いつもの場所へ向かうとエディが笑っている。兄はしらっとした顔でそんなエディを見つめていた。
兄も毎回きっぱりと断っている。それでも言い寄ってくる人間がいるから厄介なのだそうだ。
「好きな人がいない人は大変ね」
「メリッサにそんなこと言われる日が来るなんて……え、恋って怖い」
「俺はお前がテオを好きになったことのほうが不思議だよ」
「失礼だぞ」(失礼な! ……正直私もそう思う)
まるで私の男性の趣味が悪いみたいな言い方だ。大変遺憾である。
……いつから好きだったか分からない私には何も反論できない。まさか暴言を吐いていた時から?
それはないはず。ないと思いたい。ないない。
「あれ? メリッサこっちに来ないの?」
「ええ」
(嬉しい。メリッサがいてくれるなら百人力だ)
テオが嬉しそうにはにかんだ。
事情は大体理解できる。我が国は大国だ。
誕生祭といえどやってくるのは友好的な相手ばかりではない。私との婚姻問題なんて完璧に見えるテオへの攻撃として有効だったと思う。今までもこちらをちらちら見ながら彼に下卑た笑みを見せる者はいた。
いくら力がないとはいえ煩わしい令嬢達まで押し付けたのは悪かったか。いや、昔私は本気で婚約を嫌がっていた。令嬢達と争う意味がない。それに去年以来ああいうことを言ってくる者は一人も見ていない。恐らくテオが何かしてくれたのだろう。ストレスフリーだ。
この半年で私達のことは知れ渡ったらしく登場時には軽く他国の令嬢達に睨まれたもののテオが睨み返せばすぐに止んだ。
それなら他の人間もと思ったのだがそう簡単にはいかない。
「おやおや、仲良くなってしまわれたのですか」
やはり嫌味を込めて言ってくる人はいた。テオはこういう人間達と毎回会話していたのか。あの感情の伴っていない笑顔になっていたのも頷ける。
ただ
「はい、幸せです」(幸せだ!)
今日はテオが本当に幸せだと思える笑顔で対応するためそれ以上言ってくる人はいなかった。テオの自然な笑顔を見るのは初めての人間ばかりだったようで圧倒されている。
私は口が上手いわけではないので嫌がっていないことをアピールするために彼の腕に抱きついた。来る時喜んでいたから特に胸を押し付ける。
(うわああああ。左腕が幸せだ!)
左腕だけですか? むっとしたため更に抱きついてみた。
「っ~~~~!」(幸せだ!!!)
デレデレだ。ここまで顔が崩れていてもかっこいいと感じるのは彼の顔の作りがいいからか私の目が悪いからか果たしてどちらだろう。それとも両方か。
テオが頬を赤らめながらも更にいい笑顔をするのでいつの間にか嫌味を言う人はいなくなっていた。
聞かれていないのにタイの自慢までしていた。
私にはハートマークが物理的に見えているがこれほどの笑顔では周りからも飛び交っているように見えているかもしれない。実際若干引き気味の人もいる。
この人笑いすぎでは?
それにしても、いちゃいちゃとは面倒な人間退治にとても有効なようだ。
何だ、前々からこうすれば良かった。
テオと顔を見合わせる。
(幸せだ)
私は今も笑えているだろうか。そうだといい。笑い合っていればもっと退治できるはずである。
と、思ったのだがそういうものでもないようだ。テオが今度は少しずつ不機嫌になっている。ハートマークももうない。
文字が見えているから理由は分かる。
(メリッサをちらちら見るな。彼女は私のだぞ。いやらしい目で見てくる奴はいなくなれ)
その後も考え方が暴力的だ。
私の胸をちらちら見てくる男性が多かったからだが、自分で露出の高いドレスを送っておいて何を怒っているのだか。
そして次のお客様は北の国の王子。公の側室が五人いるのみならず気に入った女は身分問わず手を出すと噂の好色な人物だ。
テオに誕生日の祝いの言葉を述べながら私をじろじろ見るとにんまりと笑った。
「メリッサ殿も笑えば可愛らしい方ではありませんか。お二人はまだ結婚前なのですよね? 私にもチャンスがありますかね?」
私の表情を褒めているが彼の視線は初っ端から私の胸に注がれている。
兄よ、ここまであからさまな人こそがオープンスケベと言うのだ。視界の端に映る兄はわなわなと震えていてエディに止められていた。
テオの周りの空気がピシリと凍った気配がする。もう一方の腕で私を守るように抱きしめる。文字が見えないものの黒い雰囲気なのは分かった。
「ありません。妄想はおやめください」
口調ははきはきしていたが心臓は相変わらずドンドコドンドコと暴れていた。
「ふふ、いやですね、冗談ですよ」
テオの怒りに触れたのが分かったのか軽く後ろに下がりつつ未だ笑顔を絶やさない。こういう軽い男が王様になる国は可哀想なことだ。
顔を上げてテオを見れば私だけしか聞こえないほど小さく舌打ちしていた。
……うーん、どうして私は嬉しがるのか。
彼の嫉妬する姿を嬉しがるのだから私の好みは本当に悪い可能性がある。
パーティ―の終わり頃、客が来なくなったため前々から一度聞いてみたかったことを聞くことにした。
「テオは私のどこを好きになったのですか?」
一目惚れなら外見だとしても一体どこだ。趣味が悪いのは私だけではないはず。
テオは私を一瞥すると言いづらそうに唇に手を当てる。
「目、だ。その……いつもその瞳に見つめられたいと思っていた」(それで使ったのが暴言という最低な手段だったのだから昔の私は本当に……。むしろ無視されていた)
目?
はて、よく分からない。あまり褒められたこともなく意識したことがない。
「あ、い、今はそれだけじゃないぞ。い、いろいろ好きだ」(外見も性格も大好きだ!)
黙った私に何を思ったのか弁明してきた。いや、もっと詳しく……。
私が口を開く前にテオがいつもの言葉を放つ。
「あの……メ、メリッサは?」(私のどこを?)
「分かりません」
「え」(ガーン)
ありのままに即答した。正直今も分からない。
テオは落ち込んでいる。
…………。
こういうマイナスの感情の表情を好きだと思ってしまう。
もしかしたら暴言の後に一瞬見せていた申し訳なさそうな顔に惚れたのかもしれない。
……ダメだ、分析すればするほど趣味が悪すぎる。
(も、もっと好かれるようにがんばろう)
私ももっといいことを言えるように頑張ろう。
抱きつきながらテオの手をきゅっと握る。
こちらを見てきたテオは顔を緩め、普通の繋ぎ方から指を交互に絡ませる繋ぎ方に変えた。
周りから見えないようにしているがいつにも増して積極的だ。
(明日もメリッサに会える。幸せだ)
明日も会う約束をした。私の誕生日。
テオと婚約してから自分の誕生日が楽しみなのは初めてだ。




