タイをつけましょう
テオから届いたドレスは天色でオフショルダー。女性の露出が少ない国出身のお義母様のことを考えパーティーの服はたいてい露出が抑えられていたのに珍しい。明るい鮮やかな色もあまりない。
手紙には『一度着てもらいたかった』と書かれていた。
「あいつ実はむっつりスケベなんじゃないか? 大丈夫かメリッサ」
兄がドレスを見て心配していたがよく分からない。どう見ても彼はオープンスケベではない。
「え? スケベなのはいいのか?」
むしろ何か悪いのか? 質問したら呆れられた。
私という恋人がいるのにそういうことに興味がないほうが問題では?
キスしたくない、ハグしたくないと言われたら一気にペナルティを増やしたくなる。
まあ初夜を望む男だ、それはないはず。
「今更だけど二人きりにしてよかったのか? 俺の妹の貞操危なくないか? 時間的にはあり得ないはず……いや、知りたくない!」
頭を抱えながら何やらぶつぶつ呟いていた。兄は私達の心配をするより自分の婚姻問題を考えるべきだ。
* * *
「き、綺麗だ!」(綺麗だ。可愛い。好きだ。やはり似合う。メリッサはデコルテも綺麗だ。あああ、幸せだ。これにしてよかった!)
扉を開けた途端前のめりでそう言われた。ハイテンションである。
確かに、私もドレスを着て明るい色も案外似合うものだと思ったし兄にも両親にも褒められたから嬉しいことは嬉しい。デコルテをちらちら見て気にする辺りがむっつりスケベだ。
……兄がいるから話題にできない。
テオはベストが同じ天色だった。
というより……。
「タイはどうなさったんですか?」
彼はタイをしていなかった。
ないのは良くないと思う。
「え」(メ、メリッサからの誕生日プレゼントはタイではなかったのか)
え? それはつまり、まさか私からの誕生日プレゼントを今日のパーティーでつけると?
持っているプレゼントの中身を思い浮かべる。去年考えた通りのピーコック柄をそのまま買ってしまっていた。見たら案外良かったのだ。
つけられるものならつけてみろ、と以前は思っていた。本当にパーティーにつけるつもりなら無難なものにするべきだった。
テオも兄もじっとしているのは私がプレゼントを差し出すのを待っているため。
さすがに今から買い替えることはできない。
「……お誕生日、おめでとうございます」
後ろ手に持っていた箱をそっと前に出した。ありがとう、とぎこちなくテオが受け取る。
去年を思い出す。あれの二の舞はいやだと思っていたはずなのに、何故そのまま買ってしまったのか。私のバカ。
いそいそとテオが包装紙をはがす。音符が飛び交っていた。
箱をぱかっと開ける。文字を見ないように俯きたくなった。
「孔雀柄……」(メリッサは孔雀が好きなのか? 孔雀はバルーンアートでどうすればできるんだ?)
…………。
え、そっち? フリーズもしなかった。
(毎年いろいろな柄物だったが、共通点が見つからない。メリッサの好みが分からない)
私の好み? ただ珍しいものを、と考えただけなのでそう思われても困る。
本当にタイが良かったらしい。去年はもったいないことをした。
孔雀のバルーンアート。今度一緒に作ろう。
つけようと首に巻いたテオがぴたりと止まり、顔を上げて私を見た。
「あの、もし良ければ、つけてくれないか?」(つけてほしい)
期待に満ちた瞳だ。しかし。
「すみません。つけ方が分かりません」
「では、私が教えるから……」(つけてほしい)
この人本当に素直になったな。
はい、と大人しくタイを受け取りテオが言う通りに合わせてみる。
ん? 意外と難しい。
近いことに照れていたがテオからは小さなハートマークがいくつも出ていた。何回かやり直して、ようやく納得のいくものができた。初めてにしてはよくできたはず。
「ありがとう」(似合うだろうか。どうだろうか)
「よく、お似合いです」
「そ、そうか」(タイピンを合わせてしまったらやりすぎか?)
にこにこと笑顔で満足そうにタイを触っている。初めてテオが私からのタイをつけているところが見られた。
「……両想いになったらいちゃいちゃしてやがる」
兄の声がぼそりと聞こえた。
待て。それは私を含めてか?
今だってタイをつけただけで兄の前ではしていないはず。
何か言おうと兄のほうを向くと同時に扉が開いてエディが入ってきた。団長室に行かなくなったためエディと会うのは久しぶりだ。
挨拶をするとエディが不思議そうに首を傾げる。
「メリッサ何かいいことあったの?」
「どうして?」
「え? だって笑顔じゃん」
そう言いながらテオを見て「ああ、なるほど」と納得していた。
……私、笑っていた?
テオにつられたのか?
自覚がない。
「一年前がすごい遠いことみたい。カルロ大変そうだね。僕お役御免となってよかった」
どういう意味だろう。兄が「まったくだ」と溜め息をつきながら頷いていたのが印象的だった。
(私そんなにいちゃいちゃしているだろうか)
テオの文字が動いても分からない。二人の前でいちゃいちゃは見せていないはずなのに。
むしろ半年間何もなかったのだからもっと焦ってもいい状況だと思う。一年後には初夜だ。キスやハグは無理でももう少し表に出すべきか。
テオの腕に抱きついた。
「さ、行きましょう」
「あ、ああ」(わああああ、む、胸が。や、柔らかい)
やはりむっつりだ。
「俺お茶会の付き人やめていいかな?」
「この二人を密室に二人きりにさせるの? それとも他の人間にやらせるの?」
「…………俺が兄として側近として最後まで責任を全うするしかないのか」
「だね」
何やら兄が嘆いてエディが慰めるようにぽんと背中を叩いてた。何だ?
* * *
パーティ―会場に入って挨拶していると珍しくラウラが来た。入り口で私達を見てぱっと顔を明るくする。
テオと一緒にラウラのところへ歩いて行った。
「お父様は忙しくて無理だけど私だけでも、って報告もらいに来た~」
紙を持って瞳を輝かせている。文字のためか。しかしこう言っていても私にとってラウラは可愛い存在だ。
私とテオの身長差より私とラウラの身長差のほうが大きく、また知り合いで唯一の年下であることも大きいと思う。撫でやすい位置にちょうど頭があるのだ。あまりに撫ですぎるとむくれるがそれも可愛い。
ラウラは私を見てエディと同じように首を傾げた。
「メリッサどうしたの? すごく機嫌いいね」
ラウラの目がテオの胸元に行く。
「あ、なるほど。初めてでテンション上がってるのね」
エディと同じことを言われてしまう。
テオは嬉しがっていた。先ほどからずっとにこにこ笑っている。
紙は意外と分厚い。いろいろ書かれている。
「ありがとう。大変ね」
「全然大変じゃないよ~。むしろこっちがいろいろ知りたい、って根掘り葉掘り聞いちゃってるし」
「でもごめんなさいね、半年間何も変わってなくて」
紙から顔を上げたラウラが大きな目を更に大きくした。
「え? 全然違うよ」
「え?」
「メリッサもテオ殿下もすごく雰囲気が柔らかくなったよ。特に二人ともよく笑うようになったよね。あ、自然な笑顔のほうね」
これ大事、と念を押される。
「私そんなに笑ってる?」
「テオ殿下が笑ってる時はたいてい口角が上がってるよ」
自分の頬を触ってみる。無意識だった。
まさかお茶会で兄の前でもテオと笑い合っていた? タイをつけた時も?
それは、いちゃいちゃと捉えられても仕方がない。
私、恥ずかしい人間じゃないか。




