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ハグをしましょう

 馬車で王城の真ん中のホールまで来て、北の王族居住地に足を踏み入れる。私は顔パスだ。

 週一で行っていた応接室を通り過ぎ、何回か角を曲がってとある扉の前に立つ。警備の人が何も言わず扉から離れた。

 ここは歴代の王太子が使っている部屋。お義父様も使っていた。隣は歴代の王太子妃、つまりお義母様が使っていた部屋だ。私が約一年後に引っ越す部屋でもある。

 テオからはノックもせず入っていいと言われている。ラウラに話したらすぐ魔法で開けられるようにしてくれたため鍵をささないでノブを回した。


 実はテオが部屋にいないのは今日が初めてだ。忙しいわりにお昼前に来る私より先に来ていることが多かった。

 今回はどうしても無理だとテレパシーで謝られる。無理はしないでくださいと言いたかったが私はテレパシーを使えない。今日会ったら言うつもりだ。

 難なく開けられてほっとする。警備の人も知っているため不思議がられることもなかった。

 メインの目的はお昼を共に取ることなのでテーブルのあるソファーに座る。お茶会と違いテオとは隣同士だ。

 一人でいるのは初めてだからかいつもより部屋が広く感じる。もう何回か来ているはずなのに居心地が悪い。無意味に辺りをきょろきょろ見回してしまう。兄の部屋にも何回か行ったことがあるのだがどうも勝手が違う。兄弟と恋人の差か。

 テーブルには風船と手紙が置かれていた。

『これで遊んでいてくれ』

 相変わらずかくかくとした読みづらい字だ。彼の本当の字が見られる日はいつ来るのか。

 それにしても、一体いつこれを用意したのだろう。もしかしていつも用意して、先に来られる日はしまっているのか。

 恐らく正解だ。いつもは膨らまされた風船がいくつか置いてあるのにこれは膨らまされていない。種類がいろいろある。

 ポンプもあるが、使いやすいものがいいからと私はいつも自分のを持って来ていた。


 さて、まず何を作ろうかと思ったところでいくつか変な形があることに気付く。これを膨らませても丸くはならないはず。

 ああ、もしかして。

 ポンプを使って膨らませてみれば、思った通りハートの形となった。バルーンアートじゃなくてこんなものもあるのか。初めて知った。

 感心しながら見ているとガチャリと扉が開く。

「メリッサ。すまない、待たせた」(会いたかった)

 テオの私室だから当たり前なのだがノックがなくてびっくりする。見えた文字に照れた。

「大丈夫です。そんなに待っていません」

 むしろこんな短時間であんなに謝られたのか。息は乱れていないものの急いで来たのだと何となく察した。

「ぁ……それは」(膨らましたのか)

 私の手元にあるハートの風船に目を止める。

「私は初めて見ました。こんな形の物があったんですね」

「あ、ああ。私も驚いた」(本当は膨らませて見せたかったのだが……)

 なるほど、だから謝ったのか。

 テオが隣に座るのを待ってから口を開いた。

「素敵な形ですね。私達の初夜にはこれがあるといいです」

「えっ」(えっ)

「えっ。ダメですか?」

 初夜に風船があること。テオがいやじゃなければ寝室にも風船が置いてあると嬉しい。

「ダ、ダダダダメじゃない」(初夜……初夜……)

 ぶんぶんと勢い良く首を横に振りながらも文字はピンクだ。

 ハートマークが溢れ出す。テオの顔は真っ赤に染まっており、手で口元を隠していたが目元がにやけていた。

 ふむ。この魔法、ハートマークや音符など記号はあっても妄想している映像は出ないらしい。

 その前に文字をなくすのが貴方の課題でしょうに。


 テオが連絡したのかすぐお昼の用意がされる。

 お昼を食べつつあまり無理をしないでくださいと告げてみた。

「私が会いたいんだ」(無理? しているつもりはない)

 口に出した言葉のほうが恥ずかしいことになっている。これは無意識か? 照れても顔が変わらない私を不思議そうな瞳で見ていた。私よりも給仕する女官のほうが頬を赤らめていた。


 お昼を食べると人払いをする。これはいちゃいちゃするためでもあるし文字について語るためでもある。

 今日は一つテオにお願いをするつもりだ。

 結婚式をすれば文字がなくなる可能性があるとこの間話し合った。特別なものが思い当たらないなら普段しているものを試したらいい。

 他国では指輪の交換という儀式もあるそうだがうちにはない。結婚式で有名なものといえば誓いのキスだ。

 王族が結婚式をあげる教会は王城にあるのでちょうどいい。

「テオ。次は教会でキスしませんか?」

 ぱーん、とテオが持っていた風船が破裂した。

 ああっ、もったいない!

「ぇ……? あの……?」(キ、キス……。い、今までもたくさんしていると思うのだが、キスをして本当に文字がなくなるのだろうか)

 回数が関係すると言ったことを覚えているのか。他の王太子は知らないがお義母様達は初夜までキスの一つもしなかった。だからもし回数が条件なら一日でたくさんしていたことになる。

 この半年で私達がした回数より多く、はあまりないはずだ。

 いい加減キスの数は関係ないと気付いても良さそうなものを。そういえば、兄が私関連では頭が働かなくなると言っていた。

 では、引き続きたくさんしよう。それと、テオからのキスはいつもすぐ離れるので今度はキスの長さが関係あるかもしれない、と提案してみようか。

(いや、メリッサも文字をなくすためにいろいろ考えてくれているのだ。私にとっても役得だ、何も言うまい)

 罪悪感でそっと目を逸らした。いえ、それも少しは考えていますよ? 少しは。

 可能性が限りなく低いこともしてみるべきである。うん。そうに違いない。

 今から教会に行くのは時間的に無理らしい。ほぼ使われていて誰かがいるからだ。

「て……手配、しておく」(二人きりじゃないと緊張する。人払いをしよう)

 結婚式では大勢の前でするんですけどね。

(歴代の王太子は一体どうしていたんだ。全員文字が見えなくなるまで知らなかったのか? 知っていたら初夜の文字をなくすよう努力するよな? ううっ、幸せだ)

 ん? 最後繋がっていた?

 告げないほうが良かったかもしれないと何度か思ってしまうけれど、テオのこういう反応を見る度ほっとする。


 感謝の意味を込めて腕を伸ばし彼の胸に顔を埋めた。

「メ、メメメメリッサ?」

 文字は見えない。キスをするのは一瞬で済むがハグはやはり私室のほうが遠慮なくできる。

 テオの心臓の鼓動の速さは少々怖いものの寒くなってきているのだ、私は温もりが欲しい。

 慣れてきたのかテオも私の背中に腕を回すようになった。

 私が初めて抱きついた日、彼が腕を回そうとしたら離れたことがトラウマだったらしい。

 あの触れ方は今でもどうかと思うので仕方ない。

 ハートマークは見える。

 抱きしめる力を増やせば増えた。これの数や大きさはなくすことと関係なさそうだ。

 今日はそれだけでなくハートの風船がソファーやテーブル、床にある。

 …………文字有りの初夜もやはりいいかもしれない、と言ったらダメだろうか。

(好きだ)

 ん?

(メリッサ。好きだ。好きだ。好きだ。好きだ。好きだ。好きだ)

 文字までたくさん出てきた。

 あ、いや、撤回します。目を開けていられる自信がない。今も目を瞑ってしまった。

 それに、彼の誕生日の時に学んだではないか。マイナスの感情も表に出るのだ。

 万が一初夜にテオからマイナスの感情が出たら私は最後までする勇気が出ない。


 テオの抱きしめる力が強くなった。

「あの。ドレスを、そろそろ送る」

 テオの誕生祭のドレスだ。

「ありがとうございます」

 私も強めて彼の胸に顔を埋める。

 うん。キスだけでなくハグも好きだ。執務室じゃなく私室を提案してよかった。

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