いちゃいちゃしましょう
「発端は好きな相手に素直になれなくて神様に頼んだこと。お兄様は素直だったけれどお義姉様の祖国の事情であまりいちゃいちゃしなかったらしいんだ。だからまずはどの程度の接触で、というところから調べよう」
実ににこやかな表情で言われたが、あれは半分遊んでいるのではないか。アレッシオ叔父様だけならそう思ったがラウラの表情は真剣だった。
それぞれに仕事があるからとそこでお開きになってしまい、今はテオとともに魔術師団の建物から真ん中のホールへ向かっている。
それにしても。
初夜に文字が出るからなくしたい、か。
改めてテオの願いを考えてみる。
「メリッサ?」(どうした?)
顎に手を当てて考え込んでいたら名前を呼ばれた。テオはゆっくり歩いている。それは嬉しいけれど。
「テオが私と初夜を迎えたいと考えていたことに驚いていました」
「…………は?」(え、何故だ? 彼女の中で私は性に興味がないと?)
テオの目が点になる。あまりのことだったのか立ち止まった。
「性に興味がないというより、私とそういうことをする想像をしていると思いませんでした。私は貴方にとって性の対象となっていたんですね」
(????? え? 私ずっと好きだったのに?)
「イコールではないでしょう。私とキスの一つもしなかった貴方がそういうことまで想像しているとは思わなかったのです」
無意味に私を聖域化していると思っていた。この前のあれも本当にちょびっとの触れ合いだ。だから手を出さないと思っていたのだが……。
「ヘタレだからですか?」
「ぐふっ」(ぐふっ)
胸を抑えている。ラウラ達がテオに対してよく発言していた。あの時は私に見せないように眉を寄せるくらいだったが今は表現が豊かだ。
アレッシオ叔父様から言われたことでもあるし。テオに寄ってそっと手を取る。
「いちゃいちゃしてみますか?」
「え……」
頭の上の文字が忙しなく動く。どピンク色。読むのが躊躇われる。
「いろいろしたいんですね」
「うわああああ!」(読まないでくれ!)
無駄だと言っているのに、手を上げてばたばたと振っていた。顔が真っ赤だ。
あれ。もしかして。
「テオは童貞なんですか?」
「…………………………は?」(ど、どどどどういう意味だ? 私が彼女以外としていると?)
「王族……というか、男性ならそういう経験を積むことも学業のうちかと……普通していないんですか?」
「していない!」(どこからの知識なんだ!? カルロか、カルロなのか!!)
「お兄様のことは知りません」
ここは弁明しておかないと。兄に迷惑をかけるのは本意ではない。兄の歴代の恋人達もあまり知らない。エディもよく分からない。
「どこから、と言われると物語からですね」
(絶版にしてやろうか)
といっても、彼はもう21歳。
「男性は発散が必要だと思うのですが、そこは大丈夫なんですか?」
「…………あの、この話題言わないとダメか?」(言いたくない。考えるな私)
ああ、ツッコみすぎたか。聞きたいわけではないので結構ですと否定した。
(私がメリッサ以外でなんて……私の頭の中を文字でなく映像で見ていたらドン引きされるかもしれない)
本当に私は彼の性の対象だったのか。びっくりだ。
ということは。
「やはり童貞なんですか?」
「あの、だから……やめて、くれないか」(考えるな私。考えるな私。考えるな私)
文字がだんだん黒くなっていく。テオの雰囲気も暗い。
私は小説の知識を鵜呑みにしすぎたようだ。反省しよう。テオに謝る。
そうか、彼は私以外とすでに、ではなかったのか。側室を設けることもできる王太子ならば仕方がないと昔は思っていたけれど今考えると不快だ。だから事実でなくてよかった。
よくよく考えれば、他の女性を相手にしていたら私へのキスがあれだけで心音が異常に早くなるわけがないか。
結婚前に慣らす、という当初の目的でいいのだ。
手を繋げたままテオは馬車まで送ってくれた。分かりやすく沈んで別れるのを寂しがっている。
「……で、では」(ああ、寂しい。仕事しなければいけないのは分かっているがもっと会いたい)
手を繋いだ時僅かに震えていたものの、この前のこともあるし今日はもう少し。
テオに近付く。彼の身長は高いが私も女性の中では高いほうだ。だから少しだけの背伸びで頬に唇を寄せることができた。
テオが慌てて頬に手を当てる。
(メ、メメメ、メリッサがキスを! もう顔洗わない!)
それはちょっと。
「洗ってください」
「はっ!」(ううっ、見えているんだった)
この人すぐ忘れるなあ。
「洗わないとまたキスできないです」
「洗う」(洗う!)
頭の上を見たが文字は消えていない。
私の視線に気付いたテオが微妙な顔をする。
(文字のためにいちゃいちゃするのか……)
何を落ち込んでいるのか。そういうことがなくても貴方はいちゃいちゃしてくれると?
「私は文字のためじゃありません。ただ貴方とキスしたいだけです」
「へぇ!?」(!?)
驚かれた。好きな人とキスをしたいと思うのは当然のことではないか。目的と手段が逆だ。テオは文字をなくしたいらしいが私は関係ない。それよりもいちゃいちゃするために文字を利用するのだ。
「次はテオの番ですよ」
目を閉じた。
ふに、と触れるか触れないかのうちに離れる。むむっ。唇なのはいいけれど。
「メリッサ、その……」
「一回じゃ消えないと思います」
私は目を瞑ったまま。当然そんなこと分かるわけがない。恐らくテオはおたおたしている。空気で分かる。見られないのは残念だがそれよりも、早く。
辛抱強く待っていればまた唇に何かが降りてくる。先ほどよりほんの少しだけ強く押し当てられたものの震えていた。
「っ……きょ、今日はこれで勘弁してくれ……」
目を開くと顔が真っ赤だった。湯気が立っている。冬になれば湯たんぽに良さそうだ。寒がりの私には嬉しい。
(メリッサが積極的だ。う、嬉しいが私の心臓は持つだろうか)
「私は素直になると決めたんです」
表情が変わらないのが残念だ。口調も平坦だった。それでもテオからハートマークが飛び交う。
(か……可愛い)
…………。
せっかくいい気分で別れられると思ったのに。
「前にも言いましたが、私はあまり可愛いと言われ……もとい、思われても嬉しくありません」
可愛いはラウラのように小柄で表情豊かな子にこそ相応しい。どちらでもない私にそう言われても皮肉に聞こえてしまう。
テオは意外そうに目を瞬いた。
「ぇ……」(私そんなに可愛いと言って……思っていたか?)
「はい、結構」
心の声に返事しても普通に応答してくれる。
「……その、私にとっては可愛いのだが。思うのは許してくれないか」(許してほしい)
「私を可愛いと表現するのは貴方くらいですよ」
「それがいい。私以外はメリッサの可愛いところを知らなくていい」(メリッサ。可愛い)
……貴方も知らないでしょ。
拒否したかったのに蕩けるような笑みを向けられて、何も言うことができなかった。




