好きだ
お茶会の扉を開けると部屋に風船が一つもなかった。
テオは忙しいのだ、仕方がないと自分に言い聞かせてみてもショックは大きい。
(一応用意はしているのだが……)
そうなのか。気分が上がる。
(……ん? 私まだ何も言ってないよな? メリッサの雰囲気が変わった)
雰囲気とはそんなに分かりやすいもの?
文字を見てつい反応してしまった。気を付け……るべきかどうか悩む。
テオは感情を表に出すようになった。
秘密にする意味は本人が嫌がる恐れがあるから。私は、テオなら驚くとしても嫌がる可能性は低いと思う。
……どうしよう。
今は彼が知った時の反応を見たいという気持ちのほうが強い。
て、あれ。お茶会の支度すらない。それに兄もいない。仕事か。
「……カルロは、今日は遠慮してもらった」
はい?
「メリッサ、話したいことがある。座ってくれるか」(今日こそは。必ず言うぞ)
何をだ。先週大事な話があると言い、質問してもはぐらかされた。心の声でも分からなかったから緊張する。
いつものごとく向かい側に座ろうと思ったら
「隣に座ってほしい」
とぽんぽんソファーを叩かれた。
「その……だな。まずは、これを、受け取って、くれるか」(うああああ、緊張する)
「……え」
言いながらずっと後ろに置かれていた右手を私の前に出してくる。
その手に風船を持っていると見当をつけていたしそれは当たっていた。
テオが差し出してきたのはハートの形のバルーンアートだった。
そういえば、ハートのバルーンアートは見たことがない。作るのは簡単だ。風船の両端を結び輪にしたらハートの形になるよう曲げるだけ。
「私の、気持ちだ。……受け取って、くれ」(好きだ、メリッサ)
テオはもしかして、今日までわざと作らなかったのか。
「あ……は、はい」
自分の声が震えていた。
いつものように風船を見て興奮しているがそれだけではない。緊張とはまた違うドキドキ感がある。
普段と同じく胸の中に抱きしめる。
これがとても大切なものの気がした。ずっと萎んでほしくないと思ってしまった。
「ありがとう、ございます」
こんな形でテオが愛情を示すとは思っていなかった。
言葉で聞けないのは残念だがこれだけでも十分だ。
満足していると手が伸びてきて肩に回り、彼の腕の中に引き寄せられた。風船を抱いていたから力は加減されている。
テオのほうから私を抱きしめてきたのは初だ。
「テ……」
「好きだ」
名前を呼ぶ前に耳に入ってきた言葉に固まる。
抱擁されていたから頭の上は見えない。だから文字ではない。
今。
彼は、何と。
「好きだ。――好きだ。好きだ、好きだ。メリッサ……私は、貴女が好きだ」(好きだ。好きだ。好きだ。好きだ。好きだ)
耳からだけでなく、頭の上では収まり切らないテオの心の声が視界に入る。
部屋中が彼の一言で埋め尽くされていた。
「……っ……や、やりすぎると気持ち悪いです」
「うぐっ……。あ」(メリッサ。顔が赤い)
「……っ!」
何故こんな言葉が見えてしまったのか。
顔を隠すようにテオの胸に顔を埋める。テオも私の顔を隠すように腕を移動させた。恐らく耳も赤い。
どうして。私の胸は高鳴るのか。本当は、全然気持ち悪くない。
嬉しい。すごく嬉しい。
妬いた顔を見た時より、笑顔を見た時より、今のほうがずっと嬉しい。
自分の気持ちに自覚せざるを得ない。
ああもう、何だ。いつから、私は。私も、彼を。
彼の温もりは、嫌いではない。
「……ありがとう、ございます」
彼も私の顔を直接見ての言葉ではない。だから、返事もそれで許してほしい。
「…………私、も……」
「――すまなかった」
え。
いきなり謝られて訳が分からない。
テオの腕の力が少しだけ強くなる。
「ずっと、謝りたいと思っていた。私は貴女をたくさん傷付けてしまった。暴言ばかり吐いて本当にすまない」
「……。貴方程度の言葉で傷付いたことはありませんが」
ムカつきはしたが昔は言い返したしエディに話してストレス解消もしていたし、特に問題はない。私をそれほど繊細だとでも思っているのか。
唯一傷付いたりんごの件だって今更蒸し返すつもりはない。
謝られるとも思っていなかった。
「ぐっ……。しかし、それでも私の言葉は許されるものではない」
「確かに、何度殴ろうと思ったことか」
「ひっ」
私の力で殴ってもテオに大したダメージがあるとは思えないが心は違うのかもしれない。
それは、別に、今は、いい。
それよりも、返事をするつもりだった私の意思を妨げたことをどうにかしろ。
バカ。
「…………。テオ。私は面倒くさい女ですよ?」
「私よりもか?」
……答えにくい質問を。
私だと思うけれども、言ってしまうのは癪である。
「そうですね。お互い面倒くさいからお似合いなのかもしれません」
ぐりぐりと額で胸を押してやる。
「メ、メリッサ?」
テオが謝らなければ可愛く感情を込めて返事ができていたはず。
これは彼が悪い。
「私も貴方が好きです」
普段通りの平坦な声。可愛げがなくて結構。
…………。
………………。
また反応がない。
……あれ? 何か光っている。顔を上げると、テオの頭の上はこの前以上に爛々と光り輝いていた。
眩しくない、眩しくはないが何それ。
テオの口元がふるふる震えている。
「メリッサ!」(嬉しい!)
大きな赤い文字が頭上に出てくる。それと同時に強く抱きしめられた。
「きゃあっ、風船が!」
「ああっ。す、すまない!」
私が持っているハートに被害が及ぶと思わず叫んだらすぐ緩めてくれる。風船の無事を確認してほっと息をついた。
(本当に風船が好きなんだな)
好きです。でもこれは貴方がくれたものだから大切なんですよ。もう。
「わ……私と、結婚、してくれるか」
いきなり何を、と思ったが思い出した。私が言ったことだ。クイズの正解を言ってくれたら、と。
ハートの風船を膝の上に置き、手を伸ばして彼の背中に当てる。一瞬びくつかれたが構わない。
顔を上げてしっかり目を合わせた。
「――はい。喜んで、結婚いたします」
花火が何発も上がる。本当に、どういう魔法なのか。
(メリッサはよく私の頭の上を見ているな。カルロを見ているかと思ったのだがお茶会以外でもそうだ)
気付いていたのか。
うーん。
お義母様は言わなかったが、彼になら言ってもいいのではないだろうか。むしろ言いたくなってきた。
「……テオ。これから私が何を言っても、冗談ではないと信じてくださいますか」
「え?」(?)
あ、花火が終わってしまった。もったいない。
「荒唐無稽なことだと思います。お義母様達は言わないことを選択されましたが、私は言いたいと思います。貴方が疑問に思っていることの答えでもあります」
「……?」(い、一体何のことだ?)
戸惑っていたが話の続きを促すように首を縦に振ってくれた。
「実は……」




