私を見つめて
しばらくすると扉の前が騒がしくなり、陛下達が来たことが分かった。
テオ以上に忙しい陛下達がパーティーに来ることもあまりない。今回は誰の誕生祭でもなく、規模が大きいわけでもない。主にダンスパーティーだから老若男女いるにはいるが、周りも今日は特別な何かがあるのかと囁き合っている。
「あまり気にしないでくれ。少し時間ができたから来ただけだ。すぐ帰るつもりだ」
陛下が手を上げて周りに聞こえるように口を開けば雑音も止んだ。
それを証明するかのように陛下達はパーティー用の礼服ではない。恐らくわざとそうしたのだ。
テオにエスコートされて挨拶に行く。周囲も私達を引き合わせるように端へ移動していった。
「お久しぶりです、陛下」
テオとともに礼をしたら陛下が小声で「アレッシオに聞いたか?」と尋ねてきた。アレッシオ殿下の「面白い」発言は思いの外信憑性があるらしい。
それにしても。
先ほどのアレッシオ殿下はリータ妃殿下の腰に手を回し密着していた。リータ妃殿下は若干嫌がる素振りをしていたけれど離れはしなかった。ラブラブ、とはああいうことだろう。
今のところ陛下とお義母様は普通だ。
これが表にはラブラブを見せないということか。
テオが肯定すれば朗らかに笑い今度は私に視線が向けられる。
「ところでメリッサ、一つお願いしたいことがあるのだが」
「はい」
どきりとした。陛下直々にお願いされるなんて緊張する。
「ディアナにしている呼び方をぜひ私にもしてほしい」
…………ああ。
そういえば、陛下もお義父様と呼ばれたがっているとお義母様から聞いていた。
「お、お義父様」
面映ゆい気持ちになりながらも口にすれば満足そうに笑ってくださった。
「あ、じゃあ私叔父で」
「では叔母で」
「え」
いつの間にか近くに来ていたアレッシオ殿下とリータ妃殿下からも言われてしまう。
そ、そんなに呼び方は大事だろうか。
テオは口元を手で隠しているが何やらにやにやしていた。
(なんかいいなこういうの。メリッサが私の家族になったという感じがする)
まだ結婚まで一年半程度ありますよ。
心の中でツッコみつつ、自分の表情があまり変わらないことに安堵する。
まさか彼と同じことを考えてしまったとは、誰にも言えまい。
* * *
音楽が変わりダンスの時間になる。テオが私の手を持ってダンスする場所の中央まで行った。
ん? 中央は誕生祭の時くらいだったはず。不思議に思ったもののテオがぴたりと止まったためここで合っているのか。周りの視線を感じる。
お義父様達は踊らないようだ。
一曲が終わり、いつも通り離れようとする前にテオが手を強く握った。
「も……もう一曲、踊って、くれないか」(言えた!)
後ろに回された手にも力が込められる。今日はずっと手が震えていない。
「……は、い」
気付けば口と首が勝手に動いていた。
ほっとしたようにふわりとテオが微笑む。しばし放心していると音楽が変わりテオが動いた。そのリードに合わせて踊る。
離れずまた踊り始めた私達に周囲がざわりと騒がしくなった。
私達がダンスを続けていることか、それともテオの社交的じゃない自然な笑顔にか。
それを気にしていられる余裕はない。
テオは周りが目に入っていないかのように私だけを見ていた。王太子としてどうかと思うのに忠告することもできず、私も彼から目が離せない。
もう一曲、もう一曲とずっと言われ、結局その日は最後まで彼と踊り続けた。
音楽が終わっても「ありがとう」とテオが言葉を発するまでそのままの姿勢でいた。
最近の私の体は当事者の感情を置いて勝手に変わっていく。
そういえば兄はどうした。テオの傍にいなければ婚約目当ての令嬢が、と心配したがエディやラウラとともにアレッシオ叔父様達と一緒だった。確かにあそこは声をかけづらい集団だ。
お義父様はすでに帰った後らしく探してもいない。二人してその集団へ向かうとアレッシオ叔父様が
「お兄様達は満足して帰ったよ」
と教えてくれた。それから周りを見回す。
「ね、面白かったでしょ?」
兄達が頷いている。
…………? 私達が踊っている間に何かあったのか。テオの「あれ」も分からないままだ。
「なるほどね、こういうことですか。アレッシオ叔父様ってこういうこと敏感ですよね」
「二人の行方は前から気になってたしね~。いやあ、あのヘタレ暴言王子がよくここまで成長したもんだよ」
「叔父上、あまり私で遊ばないでいただきたい」(やはりこれだったのか)
テオは分かっているらしい。どれだ。テオに関して面白いことがどこにあった?
「ごめんごめん。でもお兄様達も心配してたから見せたかったんだよ。まあ良かったじゃん、メリッサに拒否されなくて」
「ぐっ……」(確かに幸せだったが)
ついていけていないのは私だけらしい。
ちょいちょい、とラウラに袖を引っ張られる。
「メリッサとテオ殿下、いつもはダンス一回きりだったでしょ? テオ殿下が続きを誘えたことを言ってるの」
「……? それが面白いこと?」
「メリッサにはそうかもね。私達は貴女相手に素直になれなくてへこんで沈んで自己嫌悪するテオ殿下を見ていたから。良かった、っていう親心かな」
ラウラの言う通りなら大したことではなかったということだからまあ、いいか。
…………そういう彼の様子を見てみたかったという気持ちが出てくる。私の体だけでなく私の感情も訳が分からない。
もやもやしているとラウラがにまにま笑う。
「んふふ、メリッサずっとテオ殿下のこと見てたね」
「……あれは、彼が私を見ていたからで……」
自分で言うのも何だが言い訳がましいな。口を噤むとラウラの柔らかい笑い声が聞こえた。
「メリッサ幸せそうだったよ。良かったね」
良かったこと、なのか。ラウラが言うならそうなのだろう。テオの傍にいることを苦痛に感じることもなくなってきた。むしろ風船がある時は留まっていたいと思うようにもなった。もし暴言を吐いていたら風船があっても離れていたはず。
色々変化してきたものだ。
(呼び捨てをお願いしてからメリッサがあまり私の名を呼んでくれなくなった気がする)
口にはされなかったけれど物言いたげな視線を送られる。
非常に申し訳ない。こ、今度は名前を呼ぼう。
あ、ウーゴ。
テオの視線から逃れようと辺りを見ていると警備として立っているのを見つけた。隣にいる令嬢は婚約者か。彼は仕事だからお喋りもダンスもできなくても傍にいたいということかと考えていたらぐいっと腕を引っ張られる。テオが微妙な顔をしていた。
「あの、だな。彼のことはあまり見ないでほしい」(分かっていてももやもやする)
「……はあ」
気の抜けた返事になってしまったがまさかここまで素直に行動されるとは思わなかった。
…………やはりダメだな、私は。先ほどのラウラの発言は腑に落ちなかったのにこの顔をするテオを見ると嬉しく感じている。
長年見られなかったからだ、と自分に弁明した。
「これを……」
風船を渡される。天井に浮かんでいたものを一つ魔法で取り寄せてくれたらしい。
紐を持っているテオの手ごと包み込む。この時は手が震えていた。
「ありがとうございます、テオ」
やっと言えたと私が思うのと同時にテオが表情を緩める。
(幸せだ)
そうだ、私は嫉妬させるよりも幸せだと感じてもらわなければとその顔を見て考えた。




