また会えた
エディが所属する近衛団は王族を守る騎士団ゆえ団長室は王族居住地に近い場所に置かれている。簡単に言えば西の建物に入ってすぐ。
先日も言われた通りお茶会でのストレスはあまりないが会わないのも何なので今日も扉の前に立ちノックした。
「はい、どうぞ」
あれ? 声がエディのものではなかった。疑問に思いながらも扉を開ける。
目が合った男性は書類に囲まれていた。そこから立ち上がり私に会釈する。
「お久しぶりです」
私も久しぶり、と返事をした。
副団長ウーゴ・ソプラーニ。外見は兄ほどではないものの野性的で好みだ。
性格は大人しく礼儀正しい。誰にでも敬語で話す。まったくタイプではない。
エディと中身を入れ替えるべきだという意見をよく耳にする。エディは気にしていないけれど彼はどうか。
部屋を眺め回してもエディの姿は見当たらない。
「エディは?」
「申し訳ありません。演習場へ……」
そして彼が書類作成、と。
あの男、私と会う前にぎりぎりまで鍛練しているのか。そのわりに疲労が見えたことはない。体力バカめ。
「エディが書類を作成して貴方が演習場に行くほうが普通でしょうに」
「いえ、エディ殿下に鍛練をつけてもらったほうが皆が喜びます。……まあ、少し手伝ってほしいですが」
苦笑して書類を見つめている。
私も彼の机の上に積まれた書類の束を見た。エディが随分前から溜め込んだものに違いない。大変だな彼も。
「間もなく帰ってきてくださると思います。本日はお茶会が早く終わったのですか?」
「……ええ」
確かにいつもより時間が早い。
「テオ殿下に緊急の用事が入ったの」
兄とともに去る時はこちらを名残惜しそうにちらちら見ていた。
本当に、態度に出るようになった。
暴言を吐いていた時、彼はいつも不機嫌でつまらなさそうな顔をしていた。頭の上の文字が暖色であっても難しそうな顔をしていることが多かった。
今は違う。
さて、どうしよう。
正直に言うと何だかエディとも話したい気分ではない。
ウーゴと二人きりでいるのも気まずいし、言付けして今日は帰ろうか。
ふう、と一つ溜め息をついた。
その時、扉が勢い良くバンッと大きな音を立てて開く。急いで来たにしても乱暴である。エディに注意しようとしたら見えたのは意外な人物だった。
「テオ殿下……?」
何故ここに?
若干息が荒い。走ってきたのか?
「あはは、ごめんごめん」
後ろからひょっこりエディがやってきた。
「僕がいなくてウーゴと二人きりかも、って言っちゃったら兄さん慌てちゃってー」
え。
テオ殿下を見れば焦った様子で私とウーゴを交互に見ている。
(彼はメリッサの好みでは?! そんな人間と二人きりにさせるなんてエディは何を考えているんだ。危ない。一体何を話していたんだ)
話していたのはエディの行方くらいで、私の好きなタイプは兄だと伝えたはず。外見に関しては合っているが性格がちっともワイルドではない。
「げ、僕が出かけた時より増えてる。何で?」
エディはマイペースにウーゴの机の上にある書類を見て愕然としていた。
「テオ殿下……緊急の用事だったのでは?」
また会えるとは思っていなかった。
「そ、そうだが……」(だがメリッサと他の男が二人きりなんていやだ。どうにかして引き離したい)
ちらり、とウーゴを見つめる瞳は厳しい。私に暴言を吐く時よりも一段と冷たい、初めて見る眼差しだった。しかしその後自己嫌悪したかのように顔を伏せる。
(しまった、メリッサの前だった。見られた)
…………まさか、嫉妬?
今までならするにしても私には悟られないようにしていた。相手を睨む顔を私には見せなかった。
――そうか、こういう顔をしていたのか。
そのためだけに、ここに来たのか。
睨まれたウーゴが席を立つ。私が視線を彼に移すとテオ殿下の表情が更に変わったのかその視線から逃れるように顔を俯かせた。何だか申し訳ない。
元々彼には迷惑をかけていた。ここに来るのもやめたほうがいいかもしれない。
「その、エディ殿下も帰られましたし、私は退席を……」
「いていいわ。私とテオ殿下が出て行くから」
え、という声がテオ殿下とエディ両方から聞こえた。
私はテオ殿下の腕を取る。
「今日はお茶会自体ほとんどなかったからエディと話すこともないわ。テオ殿下、行きましょう」
わざわざ来てくれたエディには悪いが誰の返事も待たずに部屋を出た。
「メ、メリッサ……」(う、腕が、密着、して……いや、そんなことより、引き離せはしたが、これでいいのか……)
「緊急の用事だったのでしょう? 早く行きましょう」
初めて風船の話をした時は執務室へ向かった。今日は彼自身想定外で突発的な行動だろう。
兄が来ていないということは現在兄だけが仕事をしているはず。あまりいい状況とは思えない。
私のせいで彼の評価が下がってしまうのは忍びない。
しかしテオ殿下は素直に歩いていても顔が暗かった。
(迷惑をかけてしまった。エディと話したかっただろうに、嫉妬してやるべきことを放り出すとは情けない。虫の件といい、呆れられている。せっかく風船でメリッサの雰囲気が柔らかかったのに)
直接口にしていないが、口にされたとしても私はどう答えていいものか分からなかった。
今の自分の感情が何なのか分かる。分かるからこそ伝えられない。
私は彼が来てくれて、嫉妬していて、――嬉しかったのだ。
* * *
ぐちゃぐちゃな気持ちのままテオ殿下と別れ家に帰る。帰ってきた兄からテオ殿下がすぐ来たことに感謝されたもののそれに関しても上手い返しをすることはできなかった。
自分の気持ちの整理がしたくてラウラに手紙を書く。研究に集中したい彼女にはすまないがこちらに来てもらうことにした。
「何か悪いことなの?」
私の自室でソファーに向かい合わせになって座る。出来事を話し終えるとあっけらかんとした顔で言葉を放つ。
「そもそもメリッサはテオ殿下と話せなくて寂しかったのよね。それならテオ殿下が来てくれたからと嬉しく思うのも当然じゃない?」
寂しい?
確かにこの前は風船の話がまったくできなかった。それがこれほど味気ないとは。
「うーんと、そっち?」
「……? 風船の話ではないということ?」
「まあ、そうね。メリッサは無自覚だなあ」
ラウラの話がよく分からない。聞いたけれど「私が話すことではないかな」と答えてくれなかった。
「嫉妬されて……嬉しいと思う私はおかしいのではないかしら」
「何で? テオ殿下にそう言えば喜ぶと思うよ~」
また変なことを言う。
嫉妬して、私が嬉しがって、喜ぶ? この前のエディの発言といい、
「意味が全然分からない」
そう答えるとラウラのほうが首を傾げた。
「メリッサが願ってたことでしょ? 感情を表に出してほしい、って。テオ殿下も一緒なんだよ。素直に伝えたら?」
「あまりいいものとは思えないけど」
「それで? メリッサが見たいのもいいものじゃないでしょ?」
……改めて考えると、素直とは難しい。嫉妬されて嬉しかったことをテオ殿下に知られたくない、と今の私は考えている。今まで見えなかったテオ殿下の嫉妬した顔を知れて嬉しかったのに、だ。
「でも言わないとテオ殿下誤解したままかもよ? メリッサに嫌われたーって。ここに来る前もペナルティが増えたとかせっかくいい調子だったのにとかぶつぶつ言ってた」
何故ここでペナルティが? 増やす要素が浮かばない。
エディからも謝罪の手紙が来たが彼が謝るべきはウーゴである。
私からも手紙を書こうとしたけれど何を書いていいのか分からなくてやめた。ラウラから正解だと言われる。
「自分以外の男性に手紙とかテオ殿下更に落ち込むって。ま、とにかく会話してみなよ。二人が素直になれば解決する問題だから」
本当にそうだろうか。ラウラを疑うわけではないが久しぶりに次のお茶会が憂鬱になった。




