私の効果?
部屋にあったたくさんの風船とともに帰宅し自室に飾る。
心の中では満面の笑みなのだが果たして現れているだろうか。とにかく前後左右風船に囲まれて私は幸せだった。
夕方になりノックの音が聞こえる。返事をすれば入ってきたのは兄だった。
「ただいまー。まだ風船見てるのか?」
「おかえりなさい」
家に帰って両親や使用人達に確認したところテオ殿下に教えたのは兄らしいと分かった。だからそれについて感謝の言葉を述べる。
「教えてくれてありがとう」
「そもそもお前からのクイズじゃ?」
「部屋中の風船なんて初めて見た。最高だった。今もテンション高い」
「そうか……表情変わってないけどな」
むむ。残念だ。昔笑顔の練習をしたことがあるのだがどうにも無理だった。
ラウラに頼んでも
「ええ~? 滅多にない自然に出る笑顔が魅力的なんだからもったいないよ!」
と笑顔を作り出す魔具は作ってもらえなかった。
「期限短いものだから、あんまり無理させないでくれよ。一応忙しい王太子だからよ」
「うん」
ああ、幸せである。
「……お前に言うよりあっちに言うべきだな」
よし、今日は一緒に寝よう。割れないように置く場所には気を付けて、ああでもどれにしようか。ベッドの上に置くのはこれとこれと……。
風船を持ったり置いたりして悩んでいると兄の呆れた声がする。
「おーい、ほどほどにな! ……ダメだ、この様子テオに伝えたらあいつ王城中風船だらけにするわ」
「何か素敵な言葉が聞こえた」
「何も言ってませーん」
悲しい、なかったことにされそうだ。王城全部に風船が。今日のような部屋がたくさん。想像するとわくわくする。
「ダメだ、この表情はテオに見せたらいけない」
「そんな部屋なら今すぐ行ってもいいかも」
「ダメだ、この台詞はテオに聞かせたらいけない!」
ん? どうして? 質問してもよく分からない。
「もしテオの私室に風船がたくさんあったらどうする?」
「もちろん今すぐ見に行くわ」
婚約者で後々結婚するのだ、何が悪い。萎む前に早く見に行かなければ。彼に私を襲う行動力がないのはすでに分かっている。
もし襲われても構わない。風船に囲まれてなら悪くない。むしろそうだと嬉しい。
テオ殿下が私の風船好きを知った今なら初夜のリクエストができるか。……どうだろう。心臓が止まるかな。
「家族としては構うんだなー。えー、ていうかお前何されてもいいの? 風船があるから? テオだから? いや、俺妹の恋愛事情知りたくないや」
答えたところ私に聞かせる気はないようで小さな声で呟いていた。
まあいい。今は風船のことを考えよう。来週のお茶会も楽しみだ。
* * *
兄が助言したのか王城中風船になることは残念ながらなかったが毎回お茶会に風船が出てきた。
ただの丸い風船だけの時もあり忙しくてできなかったとテオ殿下は沈んでいたけれどそれだけでも私のテンションは上がる。いつも持って帰っていた。
(こんなに大好きならもっと早くカルロに聞けば良かった……)
私も早く言えば良かった。テオ殿下がこれほど私のために作ってくれるとは思わなかったし風船の話題に乗ってくれるとも思っていなかった。惜しいことをした。
普段風船が好きだと告げても不思議な顔をされるだけで、バルーンアートを一緒に作ろうとしてくれる人はまずいなかった。
エディは力加減が下手ですぐ風船が割れる。ラウラは魔具以外不器用で「ごめんなさい、私もう無理」と泣きそうな顔をされて謝られてしまった。
今のところ一緒にバルーンアートを作ってくれるのは家族や使用人の皆くらいである。
テオ殿下が器用なのは知っていたが積極的に作ろうとしてくれるのはありがたい。
この日もテオ殿下に作ってもらった花を膝の上に乗せて愛でながら紅茶を飲む。
テオ殿下は作る際難易度を気にせず私が好きそうな物を選んでいるらしい。ポンプを使うことなく口で空気を入れるのも簡単にできるそうで羨ましい。
「試しにしてみるか?」(喜ぶかな?)
「今も風船を持っているのですか?」
無言でポケットからいろいろな種類の風船を取り出す。そんなところに持っていたなんて。
丸い風船を目の前で膨らましてみせる。さすがの肺活量だ。ぽん、ともらいうけた。
(あ、私のつばがついている……)
そんなの気にしない。わーい、これも持って帰ろう。
「ポンプはお持ちですか?」
聞けば内ポケットからポンプを出してくる。大きさ的に魔法を使って出した可能性が高い。風船もそれかもしれない。
私が持っているのよりいいやつだ。引く時も空気が入れられるダブルアクションタイプ。
それとバルーンアートに使う細長いツイストバルーンをもらう。
風船の端と端を引っ張り割れにくくしてポンプで空気を入れ簡単に犬を作った。何度も作ったものだ。
(すごいな……私より素早い。作り慣れているのか。いつから好きなのだろう)
……そういえば、いつからだっけ?
昔父に風船を買ってもらって……いつの間にか好きだった。これはクイズに出せないな。
テオ殿下が私からポンプを受け取るとあっという間にリボンを作った。
「すごいですね。もう何も見ないで作れるんですか?」
褒められて嬉しかったのかそれからもテオ殿下はいくつかバルーンアートを作ってくれて、また兄に言われるまでお茶会は終わらなかった。
心なしか最近はテオ殿下の表情が柔らかくなった気がする。風船の効果はすごい。
「いや、風船じゃなくてメリッサ効果でしょ」
「私?」
お茶会の後いつも通りエディの元へ行きそう告げればそんな返答をされた。
彼は「面白かったー」と言いながら戦場から帰ってきた。自ら最前線に立って敵を一掃したらしい。
「早く終わっちゃったのが残念だな。またないかな」
と時折呟いている。この男がある意味不自由な王族に生まれてよかったと思う。
副団長が不憫でならない。彼はいつも私がエディの元へ行く時は席を外してくれているため私からは感謝しかない。
「ずっと好きな子が自分が作った風船を毎回嬉しそうに持って帰るんだから。兄さんすごく喜んでるよ」
嬉しそう? はて、私の表情筋は動いていた?
頬に手を当て聞いてみると苦笑いの上首を横に振られてしまった。
「無表情だと思う。でも嬉しいのは事実でしょ? 兄さんにも分かるんだよ。カルロさん王城中風船計画を必死で止めたらしいよ」
何と、残念だ。
ほとんどは馬車に乗せてもらったが一つだけ手元に持って来ていた風船を抱きしめる。テオ殿下が目の前で膨らませてくれた丸い風船。
「本当に好きなんだね。ここまでとは思ってなかったよ。兄さんに伝えれば良かった」
それはさっき私とテオ殿下も思ったことだ。
「ねえねえ、ストレスほとんどなくなったってことは僕とのこの時間もそろそろなくなる?」
その通りであるが嬉しそうに聞かれると面白くない。
「貴方私と話したくないってこと?」
「いやあ、そうじゃないけど。鍛練の時間増やしてもいいかな~って」
彼はこの先どうなるつもりなのだろうか。
「貴方のほうは婚姻問題とかいいの?」
「僕? 僕はまだいいよ。あ、そっか。メリッサが傍にいないとなると女性が寄ってくるかもしれないね。でも兄さんからの嫉妬の視線はなくなるのかな」
「なるほど、どうでもいいわね」
「いや、僕にはつらいことなんだよ?」
どちらが、と聞いたら両方と言われた。
兄といいエディといい、結婚できるのかどうか心配になってきた。
「僕達のことは放っといて。メリッサは兄さんのこと考えなよ」
こういう話題が自身に及ぶとエディはすぐ話題を逸らそうとする。
確かに私が彼らの婚姻問題についてできることはないが、テオ殿下に関してもできることといえばクイズとペナルティくらいだ。
私の効果というなら、どうすればもっとテオ殿下の雰囲気を柔らかくすることができるだろうか。
エディに質問してもよく分からない回答だった。
「メリッサなら簡単でしょ。君が幸せなら兄さんも幸せなんだよ」
私が、幸せなら……。




