来週が楽しみ(後半カルロ視点)
テオ殿下が気絶していたのは三分にも満たない時間だったと思う。目をぱちぱちと瞬き、状況を把握すると目を見開いて固まった。
「テオ殿下? 目が覚めましたか?」
「あ、ああ……?」(な、何故私は彼女に膝枕を? 何があった?)
横になっても文字は頭の上に出るらしい。一応こうなった経緯を告げる。
「そう、か……」(私としたことが……虫よけの魔具を使用するのを忘れていた)
普段はそれを使っていたのか。
心の中では虫のことばかり気にしているが頭はどうか。氷嚢は役に立っているのか。
「テオ殿下。気持ちいいですか?」
「え」(ど、どどどどういうことだ?)
質問するとまた固まった。周りを見るが虫はいない。何を動揺しているのだ。
「たんこぶができているかもしれないので気を付けてください」
「……あ、ああ」(そっちか)
ほっとしたように体の緊張がなくなっていく。そっち? ああ。
「膝枕は気持ちいいですか?」
「えええっ!?」
「あ、いきなり頭を動かさないほうがいいと思います」
氷嚢もずれてしまう。顔を上げようとしたテオ殿下は素直に元の位置に戻った。
意地悪で言ったつもりはなかったのだが動転する言葉だったらしい。立ち上がろうとしないからもし気に入ったならまたしてもいいと思ったのだけれども。
(柔らかいしいい匂いがするし正直動きたくないが動かないままでいると心臓が飛び出そうだ)
これは、どうなのだろう。またするべきかしないべきか。声にして出さないということはしないほうがいいのか。
……一旦保留にしよう。氷嚢を頭から取り外す。
「テオ殿下、起きてください。今日のお茶会はやめて中に戻りましょう」
(……え。ああ、外もダメだったか。情けない姿しか見せていないな、私は。彼女を少しも笑顔にさせてあげられない)
落ち込み私の腿に顔を埋める。心臓は?
先ほどの焦りは少々笑えたが彼のプライドを考えるとさすがに伝えるのはひどそうだ。私の表情筋が変わったとも思えない。
「虫が嫌いなのにありがとうございます。ただ私は庭園が、というより外があまり好きではありません」
(そ、そうだったのか?)
「さあ、医師のところへ行きましょう。早く診てもらうべきです」
まずは彼の体の具合の確認だ。起きたならばのんびりお茶をしている場合ではない。
とんとん、と肩を優しく叩けばゆっくり起き上がった。
歩きながら彼の頭に氷嚢を当てることは難しいのでテオ殿下に渡す。必要なさそうにしていたけれど念には念を、である。
医務室まで兄とともに行くことにした。
(メリッサが私を心配してくれている。嬉しい。だがしかしこのままだとお別れに……)
何やらいろいろ考えている。歩みも遅い。今は自分のことを考えたほうがいいのに、この人は。
そう思うなら、考えてもらおうではないか。
「テオ殿下。クイズです。私が一番好きなことは何でしょう?」
「…………え」(庭園は違ったしクイズにするということはクッキーではないよな? こ、これが不正解だと来週のお茶会なし!?)
「難しいため期間を一週間設けます。答えは来週お聞かせください。その代わり不正解だったら一か月お茶会なしです」
(えええ!? せっかくエディがいないのに!?)
目を丸くするだけであまり表情には出なかったものの文字は大きくなっていた。悲観的な青色だ。
クイズの作成者は私なのだからルールも私が作る。今のテオ殿下には不満を言えるだけの余裕はあるまい。暴言が出てきたらもっときつくすればいいだけ。
でもまあ、最近ならそんなことはないはず。
テオ殿下の瞳を真っ直ぐ見つめてみる。
実を言うと、少しだけわくわくしている。
「来週を楽しみにしています」
「……あ、ああ」(絶対正解しよう。そのためにはまず……)
考えているせいか歩く速度が変わった。
医師によると大事はないとのことで一安心だ。
テオ殿下と兄はそのまま執務室に戻るらしい。
「ではさようなら」
「あ、あ……」(ううっ、何ともなかったのに)
クイズを出してからテオ殿下はずっと考える仕草のままで医師の言うことにも上の空だったがきちんと返事してくれた。
別れて乗った馬車の中で来週のことを考える。さて、どうなることやら。
******
メリッサと別れる時は元気がなかったがテオは未だに顎に手を当てクイズの答えを真剣に考えている。
集中していても足は真っ直ぐ執務室へ向かっていた。ここら辺はすごい。
それにしても。最近は一体何があったんだ、よく分からない。
ついこの間までメリッサと別れたらへこんで執務室で「死にたい」と呻くまでがお約束だったのに。
メリッサもメリッサだ。
テオが気絶した時顔を撫でる妹の雰囲気は穏やかだった。相変わらずの無表情だったがテオを嫌がっている風には見えなかった。
メリッサは政略結婚と言っている。テオが一目惚れして望んだくせに婚約が決まった後妹にそう告げてしまったからだ。
「勘違いするな。両親がどうしてもと言うから婚約してやったんだ。これは政略結婚だ。君に拒否する権利はない」
目を丸くしたメリッサとやってしまったと青ざめていたテオを思い出す。あれに比べて今はどうだ。
彼らはクイズと称して今更ながらにお見合いみたいなことをしている。
テオはメリッサから最後通告を受けたとして、メリッサは何でだ? どちらかと言えばメリッサのほうが歩み寄ろうとしている。訳が分からない。
執務室に戻り自身の席に着くとテオは待っていたかのように口を開いた。
「メリッサが好きなことは何だ?」
「へ。……俺から聞き出すのってありなのか?」
「そんな条件はなかった」
「……お前何でそんなところに頭を使うんだ?」
最近はそんなこともないけれどメリッサが一緒にいる時は脳みそをどこに置いてきた、という感じで何も考えず発言してしまっていた。今は一応考えているみたいだが考えているだけで表には出てこない。虫よけの魔具を忘れたのだってメリッサのことで頭がいっぱいだったからだ。シートの大きさもミスっていた。
んー、と目線を上に移す。考えられるのは。
「俺かな?」
親指で自分を指しにこやかにウインクを決めたらいろいろな感情を込めて睨みつけられた。怖っ。
「ちぇ、あながち冗談じゃないんだけど」
更に視線が強くなる。ものすごい地雷だったようだ。
これは真剣に考えたほうが良さそうである。
思い浮かぶのは幼い頃のメリッサの笑顔。外が嫌い、と言ったことからも答えは多分あれだと思う。テオ一人では到底思い付かないことだ。
「一つ思い浮かぶけど……あれでいいのかなあ?」
腕を組み悩むように首を傾げてみた。テオが前のめりにこちらを見てくる。
「とにかく何でもいいから聞きたい。言ってくれ」
「あのな……」
答えを言うと、想像したどれとも違っていたのだろう、怪訝な顔を向けられる。
「それは、どういうことだ?」
どういうことだ、と言われても。
確かに同じ趣味の人はあまりいないに違いない。令嬢どころか平民でもいるかどうか。
最先端といえば聞こえはいいが珍しいものだ。そもそもあれは表立って言うことではないメリッサの秘密の趣味だと思っていた。
「あいつが大好きなもの。部屋にたくさんあるわけじゃないけど、昔からなんか大好きなんだよ。買ってもらったら肌身離さず持ってたり。今は自分で作ったりもしてる」
ラウラからもらった魔具で保存が効くおかげで常に彼女の部屋にある。
「……お茶会に用意したら喜んでくれるか?」
メリッサの反応を想像すると自然に口元が緩んだ。
「すっごく喜ぶと思うぜ! 表情はあんまり変わらないけどあいつ態度は分かりやすいから」
テンションを上げて発言すれば心を決めたらしい。真剣な顔になった。
忙しい彼にはあまり無理をしてほしくないが、妹はそれはもう喜ぶに違いない。
驚かせるためにも俺がテオに告げたことは秘密にしておこう。




