庭園へ
あれから、お茶会ではテオ殿下にいろいろ質問するようになった。私が質問するとうずうずし始め、
「……メ、メリッサは?」
しどろもどろになりながらも私のことを聞いてくる。
彼のことを一つ一つ知るのは、結構面白い。
テオ殿下が暴言に気を付けるようになりストレスが少なくなって、まあ多分、それのせいだろう。
辺境の小競り合いにエディが出かけて行った。
「ひゃっほー! 行ってきまーす!」
とハイテンションで飛び出して行った。……近衛団の団長として正しい姿ではないと思う。
小競り合いでなく大きな戦いであればテオ殿下も戦場に行かねばならないけれどそこまでのことではないらしい。本来ならエディも必要ないみたいだがあの男のことだ、ぜひにと志願したに違いない。
彼は私を気遣っているように見せて自身の欲望に忠実である。そもそも味方をしているのは実の兄に対してだ。
「メリッサに婚約解消されると兄さん王太子をやめちゃうかもしれないじゃん。それは困る!」
昔大真面目な顔で私に語ったことがある。
回りくどい表現を使わないところは嫌いではない。お義母様曰くエディのほうが陛下に似た、とのこと。
それにしても、約一か月ストレス解消法がいなくなるとは。
今のテオ殿下ならそれほどストレスを感じることはないと思うけれど、一回でもいやなことがあったらすぐにペナルティを足そう。
そう決意した私の心とは裏腹に、お茶会でテオ殿下は挨拶以外無言だった。
(エディがいない、ということは普段とは違うお茶会になるはずだ。このチャンスをものにしなければ)
どこにチャンスがあるのだろう? 私には分からない。
考えるのはお茶会の前後にすればいいのに、腕を組んで難しい顔をしているだけ。私とのお茶会を楽しんでいるようには到底見えない。
こうやって目の前の私を見ないから貴方はダメなのだ。
抗議の視線を兄に送る。
兄もさすがにどうかと思ったようでテオ殿下相手に口を開いたがそれよりもテオ殿下の発言のほうが早かった。
「て……庭園に、行かないか」(彼女は昔庭園が好きだった。今もだろうか。何か話題になるものがあるかもしれない)
ほうほう、なるほど。確かにいつもこの部屋では味気ない。
しかし私は庭園が好きだったことはない。
まだ幼く王族居住地に入ることを許可されていなかったから仕方がなく庭園にいただけだ。そんなことも知らなかったのか。
とはいえ今日の天気はいい。お義母様とのお茶会も最近私室ばかりであったし、久しぶりに庭園に行くのも悪くないかもしれない。
* * *
昔は東屋で両親が談笑しその周りで私やエディが遊んでいた。テオ殿下は兄と一緒に私達を眺めていた。
今回もそこに行くのかと思ったらそことは違う場所でピクニックみたいにシートを広げて座ることになった。今の時間東屋は太陽が当たるがここは日陰だ。魔法のおかげで暖かい。季節が春だから眺めもいい。
シートが思いの外小さく、テオ殿下との距離が近い。隣同士で座り、向かいに兄がいる。彼から私に近付いてくることは珍しい、と思ったのだが。
(近い近い近い近い。シートの指定を間違えた!)
ミスだったらしい。テオ殿下は黙ったまま。試しに庭園の植物について質問してみたけれど答えは返ってこなかった。
仕方がないので紅茶を飲む。
一緒に持って来たバスケットにはティーカップとクッキーが入ってあった。ラウラの部屋で見た魔具があり、それで紅茶を淹れた。
さて。
どうしよう。
テオ殿下に質問したいことはまだいろいろあるものの、今の状態でマシな回答は得られまい。
そもそも私はあまり外が好きではない。理由は……ああ、これをクイズにしてみるか。
テオ殿下のほうを向こうとしたところで、いきなり彼が私から後退る。
彼の視線の先にいるのは私ではなかった。
シートにいつのまにか入ってきた、小さな虫。害虫ではない。
(うわああああああ! 虫虫虫!)
庭ならいて当然では? こんな小さな虫すらダメなのか。よくもまあこの有り様で庭園へ行こうと言ったものである。
叫び声を外に出さないのはさすがと言ったところか。
「あ」
「テオ!」
後退った先、シートの重りとして置いた石に引っかかり後ろへふらりと倒れていく。兄が伸ばした手が空を切る。突然のことで受け身も取れなかったのかそのまま頭が地面に当たった。それほど大きな音はしなかったけれど顔を見ると気を失っていた。
頭をぶつける前から気絶していたと思う。それほど虫が嫌い?
「殿下!」
と周りにいた護衛達が急いで近付いてきた。気絶していると告げ頭にそっと触れる。
たんこぶができるかもしれない。氷嚢を持って来てもらうよう頼みそれを転んだ箇所に当てる。幸い大したことはなさそうだ。
「すぐ気が付くと思うから、起きるまでここにいるわ」
そう伝えれば護衛達も心配しつつ持ち場に戻っていく。
寝づらいかもしれないと兄に手伝ってもらい頭を私の腿の上に乗せた。兄が微妙な顔をしたが無視だ。
寝息も規則正しくなり、表情も和らぐ。これくらい穏やかな表情を見るのは初めてかもしれない。
氷嚢を押さえていないほうの手で顔にかかっていた髪を耳にかける。ついでに髪を撫でた。サラサラとしていて、太陽に当たるときらきら輝いて見えるのを知っている。睫毛も長く鼻筋も整っている。本当に、外見だけなら文句のない王子様だ。
頬を手で包む。肌もきめ細かい。私よりすべすべ? 若干ムカつく。あまり髭は生えない体質らしい。
顔にある、赤く色づいた場所。こんなところさえ色も形もいい。
私がここに触れたらこの人の心臓はどうなるのだろう。抱きついただけでドコドコと激しく鳴った心臓だ、止まるかもしれない。
その前に目が覚めたら今の状態にどういう反応を示すのか。
…………わくわくはしていない。
虫が嫌いなのに私が好きかもしれないと外に出てきたことだけは礼を言おう。
打ちどころが悪かったわけではなさそうで安心した。
「お兄様。テオ殿下は虫が嫌いなの?」
「ああ、まあな」
胡坐をかきテオ殿下を渋い顔で見つめながらも答える。
「でも昔は外にいたわ」
お義母様と庭園でお茶会している時も来た。気絶するほど混乱したところは見たことがないはず。
「そりゃあお前に会いたかったからだろ」
あっけらかんと言われてしばし言葉を失った。
分かっていたはずなのにいざ声に出して言われると落ち着かない気持ちになる。
何と答えようか迷ったが私の口から出てきたのは
「だったら暴言を吐かなければ良かったのに」
という可愛くないものだった。兄が「その通りだな」と同意してくれても居た堪れなかった。




