貴方のことを教えて
「年頃の未婚の女性が何てことを……! テオに何されても文句言えなかったんだぞ!」
彼にそこまでの行動力があれば私は悩まずに済んだと思う。
「聞いているのか!?」
「聞いているわ。もう二度としません」
「よし! じゃあ行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
兄は頷き仕事場へ出かけて行った。
最近兄は私の顔を見るなりこの前のことを口にする。また怒られてしまった。
兄がやってきて「ぎゃああああああ!」と叫ぶまで寝ていたらしい。あれから夜更かしにすら厳しくなった。
エディにも
「肝が据わってるね」
と呆れた顔で言われてしまった。
そんなに悪いことだっただろうか。
寝ていただけでストレスが溜まらなかったので個人的にはいいことだと思ったのだが周りはどうもそう思っていない。
眠ったことは無意識だった。
あんなにうるさい心臓の音だったのに我ながら図太い神経をしている。
残念なことと言えば紅茶もお菓子も食べられなかったことだ。あの後兄に追い出されるように部屋を出た。
お茶会では毎回紅茶の種類が変わり、それに合ったお茶菓子になっている。王城で作られているだけあって美味しい物が多いからそこは楽しみだ。
……ああ、一回だけいやな時があったな。私にとってもそうだがテオ殿下はもっと思い出したくない記憶に違いない。次のクイズはあれにしてみるか。
テオ殿下は私以上に小言をくらったらしい。申し訳ない。
翌週会った時は気まずそうだった。
抱きついただけで挙動不審にならなくても。結婚すればそれ以上のことをするのだ。
…………果たしてあの人はできるのだろうか。
そこは今は置いておこう。とにかく、結婚したら一緒に住む。食事を共にすることもある。
だから知っておいてもらいたい。
* * *
「テオ殿下、クイズです。私が好きな食べ物は何でしょうか?」
「クッキー」
即答されるのは珍しい。伝えたことがあるから当たり前か。後ろにいる兄も何を当然のことを、といった顔をしている。伝えたのはあの時だ。
「正解です。では、私が嫌いな食べ物は何でしょうか?」
テオ殿下の顔がさっと青ざめる。兄の顔も歪んだ。
「りん、ご」(これは……私が失態をおかしてしまったことだ)
「と?」
「…………と?」(?)
頭の上のはてながでかい。
「誰が答えは一つだと言いましたか?」
(え? もう一つあるのか? お、思い出せ。彼女が食べていなかった物……あああ、食べている彼女の顔しか思い出せない! 可愛い!)
取り繕う余裕もないのか頭を抱えている。態度には出るようになった。最後の言葉は見なかったことにする。
「ギブアップですか?」
「――!」(ぺ、ペナルティが……しかし、私は本当に知らない。ああ、ダメだ)
「では覚えておいてください。私、グリーンピースが嫌いです」
(か、可愛い)
さっきもそうだけど殴ろうかな。可愛いと言われて嬉しがる女性ばかりだと思うなよ。言っていないから殴れない。
「一つは合っていたのでペナルティの追加は0.5にします」
(ううう……2.5か……)
テオ殿下は悲し気に眉を下げ手をクッキーに伸ばす。ガリガリと礼儀のなっていない食べ方だった。破片が落ちている。もったいない。珍しい姿だ。ペナルティがそれほどショックだったのか。
うーん、この姿は見られてよかったとは思えない。私の好物でしなくてもいいではないか。
私もクッキーを食べる。サクサクとしていて美味しい。
私の好き嫌いについて伝えたのは、テオ殿下とのお茶会を始めてすぐくらいだった。あの時から毎回違うお茶菓子が出ていたが、それは私の好みが分からないからであろう。ケーキが中心だった。
* * *
その日部屋に入った私はテーブルの上のケーキを見て一瞬立ち止まった。アップルパイ。
最初は嫌がらせかと疑った。
ケーキにまったく手をつけない私に焦れたようにテオ殿下が発言する。
「おい、一口くらい食べないのか。せっかくシェフが作ったんだぞ。冷めてしまうだろうが」
パイをそのまま投げてやろうかと思った。
「食べられません。私はりんごアレルギーです」
あの時の彼の顔は今思えば面白かった。固まった後、徐々に青くなっていった。私がりんごを食べると喉がいがいがしてひどい時は吐く。当時の私は知らないことに腹が立ち嫌味を言った。
「まさか知らないわけがないですよね?」
今度はみるみる白くなった。死人のようだ。
そもそも何回か一緒に食事をしたことはある。エディは知っているのだから知らないほうがおかしい。
テオ殿下は私のことを全然見ていなかったと再確認した。
呆然としている彼の後ろに視線を送る。新人っぽく初めて見る顔だった。年齢も若く思える。
「申し訳ないけど、下げてもらっていい? あまり見ていたくないの」
「は、はい」
私の言葉に動き出した彼とは反対にテオ殿下は動かない。私は早々に退室の挨拶をした。
「ケーキ自体あまり好きではありません。私はクッキーが好きです」
ショックのあまり聞いていないかと思ったが翌週からしっかり好みの物に変えられていた。
兄とエディにも咎められ、父は雷を落としたらしい。兄は帰ってくるなり私の体調は大丈夫かと聞いてきた。
テオ殿下は私の父に土下座したそうな。王太子がそんなことを簡単にしてはいけないと思う。
「兄さんにとっては一大事……って、メリッサが簡単って言うの?」
意見を告げるとエディにはそう返事され、兄は顎が外れるくらいあんぐりと口を開けていた。
笑っていたのはラウラだけ。
「そうだよね、もっとしなければならない大事なことがあるよね」
それは分からなかったけれど、彼女の朗らかな笑顔を見ていると少し気分が晴れた。
* * *
グリンピースは単純に嫌いだ。元々豆自体あまり好きではないがあれは特にいや。見た目、食感、味、全てにおいて合わない。皮が一番食べづらい。
食卓に出ると少しでいいから食べてみろと言われるものの隙を見て兄の皿に移していた。
今はラウラがそれを克服する魔具を作ってくれたので食べられることは食べられる。アイディア提供と試作品に協力したことで無料でもらった。
けれどまあ、積極的に食べたいとは思わない。
りんごに関して今更責めるつもりはない。話題にしたいのは違うことだ。
テオ殿下、と彼を呼べば肩がびくりと震える。怯えられても困る。
「貴方の好きな食べ物は何ですか?」
よくよく考えてみれば私もテオ殿下に関して知らないことが多い。私達は圧倒的に会話が足りない。
私を知ってもらうだけでなく私も彼について教えてもらわなければ。
テオ殿下は迷ったように目線をきょろきょろしたあげく小さな声で呟いた。
「オ、オムライス……」(子どもっぽいと思われる)
あまり想定していなかった答えだ。兄も「え、お前そうだったのか?」と言わんばかりの顔をしている。
オムライス。
一緒に食事をした時に出てきた覚えはない。子どもの時から好きなのだろうか。
テオ殿下が食べるところを想像する。ケチャップライスのオーソドックスな物。
かわ……。
ん? 私は何を言おうとした?
聞こえてないとは思うが一応手を口に当てた。テオ殿下はそっぽを向いているものの耳が赤いのが見える。よく分からないがそわそわする。
私は質問を続けた。
「嫌いな食べ物は何ですか?」
「……ピーマン……」(こ、これも子どもっぽいな)
これも意外だ。私には暴言を吐くどうしようもない人だが他のことでは王子然としている人だと勝手に思っていた。
顔も赤くなってきた。髪で隠したいのか少し俯き気味だ。
口がムズムズする。
……………可愛い。
と、不覚にも思ってしまった。




