温めて(後半テオ視点)
お茶会について、兄が伝えてくるかと思ったら彼が帰ってくる前に手紙が届けられた。次回お茶会を開催する日付とともに書かれてあったのは
『会えるのを楽しみに待っている』
いつも通り簡潔だが初めて見る文言だ。
誰か別の人間が書いたのかと疑ったものの読みづらい字なのは変わらない。その後ラウラから来た手紙によるとどうやらペナルティを盾にして迫ったらしい。詫びられたため気にしないで、と返事を書いて送った。
テオ殿下の手紙に返事をしたことはないのでそのまま放っておいたら次の日兄から返事を求められる。
よくよく考えれば彼に手紙を書いたことすらなかった。散々悩んだ末書いたのは『はい』の一言。これからテオ殿下の手紙に文句をつけづらくなってしまった。
彼はあんな地味な手紙が届いてどう思っただろう。会っていたら心の声が分かったのに、と口惜しく感じた。
数日過ぎ、お茶会の日がやってきた。普段と同じくノックをする前に深呼吸をする。以前はこれからのストレスに対する覚悟を決めるためだった。今日は少し違う。
右手をペンダントトップに当てる。やはり外そうか。だがテオ殿下は二回も私の前でタイピンをつけてくれた、私が一回だけでは不公平だ。しかし今日テオ殿下がしていなかったらまるで私が誕生日プレゼントに浮かれた人間のように見えるのでは……いや、素直になると決めたのだ。ラウラが言っていた、私はこれをもらって嬉しいと思ったのだと。それならつけたほうが……テオ殿下はどう思って……。
ダメだ、考えがまとまらない。
もし私がテオ殿下と同じく頭の上に文字が出てしまっていたら不審者だったに違いない。
…………ずっと扉の前で立っているのも不審者っぽいな。
「…………はい、れ」
テオ殿下の声にはっとする。私はいつの間にかノックをしてしまっていたらしい。習慣とは怖い。
テオ殿下の声も歯切れが悪い気がする。
考えるより先に扉を開けていた。
あれ。
兄がいない。
入って真っ先に違和感を覚えた。きょろきょろと部屋を見渡しても当然いない。
「カルロは、用事があり、……遅くなるそうだ」(今のお前なら大丈夫だと言われたが二人きりはきつい)
むっ、失礼な。
ソファーに座ってテオ殿下を見つめる。
今日もタイピンをしていた。
(メリッサが今日もペンダントをしてくれた)
頭の文字が赤く染まり大きくなる。
同じことを考えていたことが気恥ずかしく私はすぐ視線を逸らしてしまった。
……そうか。喜ぶ、のか。
もし私がつまらない対抗心を出さずに毎年つけてきていたら、彼もつけてくれたのではないだろうか。
暴言のこととて、言い負かすのでも無視するのでもなくやめてほしいと伝えていたら、どうなっていたのか。
心の声が文字にして現れる前から、もっと彼に歩み寄る努力をすれば良かったのかもしれない。
「くしゅんっ」
おっと。外から来たばかりだから鼻がむずむずして止められなかった。
「すみません」
「…………風邪、か?」(寒いか? もっと部屋を暖めるか?)
考えて話すせいか間がある。文字のほうが出るのが早い。
(風邪なら今日のお茶会ももう終わり? 彼女の体調のほうが大切……今度はしっかり手紙を書く)
文字が急速に動いて追いづらい。手紙を書くのもいいけれど……。
王城は温度調節しているから身体的に寒くはない。とはいえ。今は兄がいなくて二人きりなのだ。
立ち上がりテオ殿下の隣に座った。
「……どうした」(?)
声が震えている。はてなマークはたいてい大きくて視線を顔に向けていても見やすい。
「テオ殿下。クイズです。私は寒がりと暑がりどちらでしょうか?」
ぱちぱちと目を瞬いている。これは知っているはずだ。
「…………寒、がり」(王城でも腕を摩っているのをよく見る。カルロもそう言っていたことがある)
「はい、正解です。なので温めてくださいますか?」
一瞬でぴきりと固まった。
……固まったまま動かない。
ん? 呼吸している?
放心しているのか頭の上は文字が出ず靄がかかったように真っ白である。白は初めてだ。あったのか。
「いいですか?」
そんなつもりはなかったが近くにいるので上目遣いになっていた。
「……っ……? ~~っ~~……???」
言葉を話すどころではないらしい。一言「ダメだ」と言われれば離れるつもりだった。
ふむ。
よし、無言は肯定とみなそう。
この前と同じく腕を伸ばし背中に回す。ぶるっと一瞬震えた。
そのまま待ってみたがテオ殿下が動く気配はない。
言葉がダメでもせめて態度で示せばいいのに、これもハードルが高そうだ。心臓は相変わらずうるさい。
一応、温かい。テオ殿下の熱が上がっているせいかもしれないが暖を取るためにはありがたい。
目を瞑ってみれば感じるのは彼の温もりと心臓の音だけだった。
******
こ、ここここれはどうすればいいんだ?
以前抱き寄せようとしたら離れてしまったからじっとしているのがいいのか。しかしメリッサは温めてくださいと言った。魔法で部屋の温度を上げる? そうするとまた離れてしまう。
毛布? ここにはないから誰かを呼んで持って来てもらわなければ。誰を? この場面を見られてしまう。見られたらやはり離れそうだ。
あああ、柔らかくていい匂いがしてあああ、考えがまとまらない。誰か助けてくれ。いや誰も来ないでくれ、もう少しだけこのままで。
カルロの用事は何だったっけ? 思い出せない。どうか長引いてくれ。
思考がまとまらないでいると違和感に気付く。背中に回された腕の力が弱くなり、代わりにメリッサが私に寄りかかる力が増した。
聞こえるのはすーすーという規則正しい音。
……もしかして、寝た?
えええええええええええ?
これはどういうことだ? 信頼されているのか? それとも男と認識されていないのか? 私は空気?
……後者のほうが可能性が高いな。
自分で結論を出してがっかりする。
……今なら、離れない。
私の体勢を整えるためにも彼女の腰と肩に腕を回し引き寄せた。どぎまぎしたが起きなくて安心する。
横に寝かせたほうがいいと思うものの今はこの温もりを感じていたい。
少し視線を下に向ければ見えたのはこの前贈ったペンダントだった。これを見るだけで心が温かくなる。私も彼女の前でもっとプレゼントをつければ良かったと反省した。
最近の彼女は私に歩み寄ろうとしてくれているのを感じる。
幼い頃も、最初はそうしてくれていた。それに対し素直になれず彼女を拒んだのは私だ。彼女からはきつく当てられ、最近は無視だった。そこまで状況が悪化して尚、未だに私はこんな有り様である。
私は自分が嫌いだ。
最愛の女性といる時の自分が、一番嫌いだ。
メリッサ。好きだ。愛している。
心の中では、こんなに簡単に言えるのに。




