いい一日
王城の真ん中ら辺に位置する広いホールに立つ。
この後はどうしよう。いつもならエディのところへ向かうが通常のお茶会でないから彼は鍛練していそうだ。今頃は騎士団の演習場に違いない。
王城は上から見ると十字に近い形をしている。北が王族居住地、西が騎士団、そして東が魔術師団。
私がテオ殿下と会っていたのは北にある応接室の中で一番小さい部屋。
王城の主な出入り口はここの一階の斜めの方角四か所なのでこのまま下に降りれば馬車だが、帰る気分ではない。
テオ殿下に聞いても次のお茶会の予定は分からなかった。一週間後になるかもしれないことにショックを受けて返事どころではなかった。後で兄が聞いて伝えてくれるはずだからそこは心配していない。それにあの様子ならいつも通りだろう。
演習場に行っても良かったけれど私の体は自然と逆方向を歩いていた。
私の誕生日なのだ、久しぶりに彼女に会いたくなった。
幼い頃より王太子の婚約者となったせいかこの無愛想な顔と平坦な声色のせいか分からないが友人は少ない。
彼女は私より特殊だから友人になれたのかもしれない。昨日のパーティーも「面倒くさい。それより研究したい」で欠席が許された。
彼女は魔術師団の中でも専用の個室を持つ。魔術師団は今はそうでもないものの昔は秘密主義で地下室に部屋を作っており、なかなか入りづらい構造をしている。
他と違い見張りがいない代わりに魔法が数多くかけられていて許可がない者は透明な壁に阻まれる。
私が許可を得ているのは彼女の部屋だけ。迷路のような道でも幼い頃から何度も通えば自然と覚えた。
王城の階段は一段目に足を乗せれば自動で動く。自動階段と呼ばれていたが最近はエスカレータが主流だ。
彼女の部屋の前に立ちノックをしてみたものの返事がない。これが普通。彼女は集中すると寝食すら忘れる。
当然扉にも魔法がかけられているけれども難なく開けられた。これも許可されていた。
「ラウラ?」
名前を呼びつつ部屋に入る。
机に向かって熱心に本を読んでいる。机にはコーヒーが入ったカップも置いてあった。試しに触ってみたがぬるかった。しかしこれならまだいいほうだ。
「ラウラ」
ぽんぽん、と肩を叩いてみる。
「うへえ?」
テオ殿下に負けず劣らずの奇妙な声とともに顔を上げ、周りをきょろきょろ見回す。そして私を視界に入れるとぱああ、と嬉しさを隠せないかのように顔が明るくなった。その表情を見るのが好きだ。
小柄で愛くるしい見た目に反し彼女は天才魔術師で、日々魔法道具の研究をしている。
彼女の魔力は大きい。何故なら彼女の祖父が前王で、彼女は王弟の娘であるからだ。テオ殿下やエディは従兄弟。おまけに現在の魔術師団の団長が彼女の父。
とはいえ個室をもらったのはれっきとした実力だ。親子二代揃って天才の名を欲しいままにしている。王弟殿下は秘密主義、魔力主義の魔術師団の体制を大きく変えた方。
「メリッサ! 久しぶり! あっ、今日何日?」
机の上にあるカレンダーを見るとイスから立ち上がる。
「お誕生日おめでとう! ああっ、私としたことがプレゼントがないわ! 何か必要なら何でも言って! あ、クッキー食べる?」
「ありがとう。まずは落ち着いて座って」
私と違いくるくる表情が変わりアクションもオーバーな彼女は見ていて飽きない。コーヒーの隣に置いてあったクッキーのお皿を差し出してきたがまずはラウラを座らせて私も近くにあるイスを持って来て座った。
クッキーはもらっておく。
もぐもぐ食べているとラウラは私の顔をじっと見てきた。
「何かいいことあった?」
「特にないわ」
いいこととはクッキーのことではなくて? 思い当たらなかったのだが彼女の視線はペンダントに移る。
「ふふ、良かったね。メリッサ嬉しそう」
頬に手を当てるが顔は多分変わっていない。
ラウラは不思議だ。無愛想な私の表に出にくい感情によく気付く。時には私が気付いていない感情まで言葉にできる。
そっとペンダントトップに触れた。
そうか。私は嬉しいのか。
「メリッサは表情に出ないだけで態度は分かりやすいと思うよ。今は雰囲気が明るいもの。……って、ぬるっ! にがっ!」
コーヒーを一口飲んで顔を顰めると何かの箱を取り出してきた。中に入れて上のボタンのうち一つを押すとコーヒーが温かくなっている。ラウラは棚からカップをもう一つ取り出し、また箱に入れて違うボタンを押した。そのカップをもらうと中には紅茶が入っていた。
「メリッサは紅茶のほうが好きでしょ?」
「ええ。ありがとう」
原理がよく分からないがこの国の魔具はこうやって操作が簡単な物が多い。魔力が少ない人でも団に入れることになり、より多くのアイディアが出てきたためだと言われている。
紅茶を飲みながら考える。
そういえば、彼女はどうなのだろう。テオ殿下の頭の文字について話せるのだろうか。
彼女はテオ殿下を庇う発言を一切しない。かといって婚約解消を促すでもなく、彼に関係ない話をたくさんしてくれる。だから私もあまり彼の話はしなかったのだが、今話題に出たからちょうどいい。
試しに話してみよう。
ペンダントについて雑談した後でそういえば、と口を開き……。
…………。
あれ?
声が出てこない。
「どうしたの?」
ラウラもきょとんとしている。
しかし、再度発言しようと思ってもはくはくと唇が開閉するばかりで音は聞こえなかった。
本当にこんなことがあるなんて。
放心する私をよそにラウラがぽん、と手を叩いた。
「ああ。もしかしてテオ殿下の頭の上に文字が見えること?」
え?
「知ってるの?」
「うん。お父様が昔、どこまでの親戚に話せるかって実験したらしいの」
さすが魔術師。実験好きね。いえ、アレッシオ殿下だからこそ、か?
「お母様とか配偶者は無理なんだけど、王子の三親等まで話せるみたい。文字を知っているはずの従兄弟に言おうとして無理だったらしいわ。だから私もお父様からの話は聞けるけどメリッサからのは無理なんでしょうね」
「そう、なのね」
ためになる。
「テオ殿下最近変わったからね、なんとなくそうかなって」
変わった? 一体どこが?
不思議がっていたはずなのに「そんな顔しないで」と言われてしまった。どういう顔をしていたのか。
「お茶会前にそわそわしているのはいつも通りだけど、前は終わると人生終わったーっていう顔ばっかりだったからね。テオ殿下はメリッサに好かれることを諦めてたと思うの。でも今はラストチャンス、とばかりに張り切ってるわ」
まあ確かに、実際暴言の数は減った。無言なだけの気もする。
ペナルティ効果か。
クイズを出していることも話したらけらけら笑った。
「素直にって、陛下夫妻みたいにラブラブになりたいってこと?」
陛下夫妻のラブラブ具合が分からないが肯定してはいけない気がした。
「それほどじゃなくていいわ」
否定したにも関わらず何故かにまにまと笑っている。
自分でも気付いていない心の中を見られたようで何だか落ち着かなかった。
「テオ殿下には文字のこと言わないの? ディアナ伯母様は言わなかったらしいけれど私は言ってもいいと思うわ」
「どうして?」
「テオ殿下に素直になってほしいならそのほうが手っ取り早いと思わない? 運命の相手と知ればますます奮起すると思うし。心を読まれるのを嫌がってメリッサに会わないという手段を取る人じゃないでしょ」
彼女の言うことはもっともであると思う。しかし
「……私はそんな能力なしで素直になってほしいと思うわ」
彼女は今度は目を瞬き、にやけるのではなく私を見守るように温かい笑みを浮かべた。
その後も少し雑談してから彼女と別れる。研究の邪魔をしてしまったかと謝罪したら
「久しぶりに会えて嬉しかったからいいの! メリッサはいつでも許可しているんだから。また来てね」
と朗らかに話して、最近動いていないからと送り迎えまでしてくれた。
いつもより幾分晴れやかな心持ちで馬車に乗る。
文字について話せる人が増えた。それが分かっただけでも今日はいい一日だったと思えた。




