あだ名で呼ばせて
指定された場所はいつもお茶会を行う部屋。時間も同じ。ノックすればテオドーロ殿下のいつもの声が…………聞こえない。
「メリッサ、入ってきていいぞ」
慌てたような兄の声がする。不思議に思いながら扉を開けた。
兄が苦笑していて……テオドーロ殿下は昨日の勢いはどこへやら、私から視線を逸らしている。
(連日でメリッサに会えた! やった!)
心の声は喜んでいるが目は泳いでいる。手は両方とも背中の後ろ。プレゼントに集中して私自身を見ていないのだから、本当にこの人は。
いつもの席に座る。お茶会の用意もされていた。今日のお茶請けにはケーキもある。ある日から専らクッキーだったのに珍しい。
「たっ……誕生日、おめでとう」
ありがとうございます、と素直に返事してみたものの私の表情は変わっていないに違いない。声のトーンも平坦だった。
ただそれで気もそぞろだったテオドーロ殿下の視線がこちらに向く。目が合うことはなかった。私の視線もタイピンに向かっていたからだ。
まさか二日連続で自分がプレゼントした物が見られるとは思わなかった。
私が素直になろうと思ったのと同様に、テオドーロ殿下も私の願いを叶えようとしてくださっている。尚更昨日の自分の行いの悪さを嘆きたくなった。
(つけてきてよかった)
視界の端で文字が動く。私の目線の先が分かったのだろうか。テオドーロ殿下の雰囲気が変わった気がする。
その雰囲気のまま後ろに回されていた手が細長い箱とともに出てきた。少しずつ私のほうへ差し出してくる。
「う、受け取ってくれるか」
直接渡すとは進歩したものだ。感心していたのだが、受け取らないことに焦れたのかテーブルに置き私の近くに移動させた。
「ぁ……。ありがとうございます」
しまった、と慌てて箱を持ち中身を開けて確認する。三日月の形をしたシルバーのペンダント。
そしてしまえば「へ?」と間の抜けた声が二つ。
ん? ちゃんと見たのに。
箱をテーブルに置きながら二人の顔を見ると兄はぽかんと口を開けていた。テオドーロ殿下は無表情だったが頭の上の文字で気付く。
(つ、つけてくれないのか?)
そっちか。
テオドーロ殿下に対抗する形でいつもすぐアクセサリーケースにしまっていた。私が初めてつけるのは周りに誰もいない一人きりの時だった。
しかし今からまた開け直すのも変である。心の文字が見えるというのも大変だ。
いろいろ考えたけれども、とりあえず一旦そのままにして紅茶を飲むことにした。どちらか発言してください。
(き、気に入らなかったのか。あああああ。もしかして今までのもつけなかったのは気に入らなかったから? 確かに私は彼女の好みなど知らないがそれでも母上やエディやカルロや周りにアドバイスをもらった上で買っていたのに……)
心の声はうるさい。申し訳ないがそれを口にしてほしい。
「あー、つけてみろよ」
頬をぽり、と掻いた兄に言われ今気付いた、という反応を試みたができているかどうか。
紅茶のカップを置き、再度箱を手に取る。ペンダントを取り出して留め具を確認した。カニカンか。
小さい。つけづらそうだ。
……ふむ。
「テオドーロ殿下。つけてくださいますか?」
「へひゃぁっ」
聞いたことのない声がした。
「後ろでつけづらいので。よろしくお願いします」
少し移動して斜めに座る。頭の文字が喚いていたが見ていないことにしよう。
しばらく待っていたものの動く気配はない。
諦めて兄に頼もうかと視線を動かす前にぎくしゃくと立ち上がりこちらへ来た。同じ側の手足が同時に出ていた。
「お願いします」
せめて、と留め具を外し首に通してから両端を差し出す。それを持つ手がぶるぶると震えている。私の手と重なった時が今までで一番だった。落とさなかったのがすごい。
やりやすいように頭を少し下げ髪を手でどかす。
何度かカチカチと合わせられなかった音がした。指先が器用な彼でも難しいのか。
ようやくできたらしくテオドーロ殿下が離れる空気がする。
俯いても見えないのでペンダントトップに触れてみる。そういえばここには鏡がない。
「似合いますか?」
振り返って聞いてみると顔を真っ赤にしてガチガチに固まっていた。頭から湯気まで出ている気がする。
一体どうした?
(メリッサの項に、いい匂いが、ダンス以外、密着する、変な風に見られて、似合う、ああもう、考えがまとまらない)
あまりにも思考がぐちゃぐちゃなせいか文字が重なり読みづらい。テオドーロ殿下自身も自覚している。
「ありがとうございます」
とりあえず礼をする。私は笑えているだろうか。テオドーロ殿下の顔が見づらい。
「あ、ああ」
絞り出したような声がした。
「に……に……に……に……」(似合う、似合う、似合う、似合う)
頭の文字が見えていなかったら不審者扱いしていると思う。実際兄はうろんな目で見ていた。
ダンスでも手が震えていたがまさかこんなことでこれほどまでに緊張を?
結婚まで二年ですが? この人結婚後大丈夫か。
また手足を同時に出しながら元の場所に戻っていった。
お願いしないほうが良かったかもしれない。悪いことをした気分だ。
こんな状態のテオドーロ殿下にこれ以上は酷だと思うけれども、今日は私の誕生日。
せっかくだから言ってしまおう。
ケーキ食べ終えそろそろ帰ろうとする雰囲気を出してから口を開いた。
「テオドーロ殿下。折り入ってお願いがあるのですが」
「ふべれぁ」
形容しがたい声がした。どこから声を? 持とうとしたクッキーを落としている。
顔の赤みが引き普通にお茶をしていたと思ったのが間違いだったようだ。しかしこのまま黙るわけにはいかない。
テオドーロ殿下、は長い。
「貴方をあだ名で呼ぶ許可をくださいますか?」
(そ、そそそそれは……)
「ダメですか?」
「だだだ、ダメとは言っていない」(いい! いい! つ、ついに呼んでくれるのか!?)
そっぽを向かれたが耳が赤い。文字も赤かった。
静かに深呼吸して心の中で何度か練習した言葉を口に出してみる。
「テオ、殿下」
自分で言っておいて何だか気恥ずかしい。視線を逸らしてしまいそうになったのに頭の上の文字が動いたのでつい見てしまった。
(殿下はついているのか)
見なければ良かった。素直になれるよう努力してみたのに失礼である。
殿下がないということは。
テオ
……あれ? 何故だ?
こそばゆい。背中がむずむずする。
エディのことは幼い頃から普通に呼べたのに。
元々するつもりはなかったけれど呼び捨てはやめておこう。
目的は達成したのだ、了承は得た。
違うことを考えよう。
次のお茶会はどうなるのか。今日から一週間後か。それともいつも通りか。質問しなければ。




