私も素直に
兄も不思議そうにしていたが私と顔を合わせると行くか、と背を向けて歩き出した。
兄の後ろをついていきつつ、テオドーロ殿下がどこへ行ったのか考えてみる。今から国外の令嬢達のことをどうにかしようとするのは無理だ。パーティーの主役が長時間いないのも問題であるし、本人も少しと言っていたからすぐ戻ってくるに違いない。けれど何だ?
「お前ってさ、どっちなんだ?」
「はい?」
思案していると兄から奇妙な言葉をもらった。
「テオとの婚約いやだと思ってたんだけど、違うのか?」
「どうしてそう思うの?」
「どうしてって、他の女勧めたと思ったら謝ったり。今日は変だぞ。俺には最近のお前が分からん」
そんなに複雑なつもりはないのだが。しかし心の声が見えていなかった頃の私だったら一人になることも彼の発言につっかかることも謝ることもなかったかもしれない。
テオドーロ殿下に関しては諦めていたはず。なのに今は素直になってほしいと望んでいる。
ペナルティを設けてはいるが、運命の相手だと承知しているから私は彼と結婚するつもりだ。
…………あれ。
それなら何故あの令嬢に勧めてしまったのか。いつもの癖で言葉が出てしまったか。
……勧めておいて、私はテオドーロ殿下にあの令嬢を拒絶することを望んでいた?
うわあ。
改めて自身について考えると何と面倒くさい女だ。引く。
兄が来てくれてよかった。
以前より更にテオドーロ殿下に会いたくなくなった。このまま帰ってしまったらダメだろうか。兄に聞いてみたところ
「お前本当にどうした?」
まじまじと訝し気に見られてしまった。
これもあれもテオドーロ殿下の心の声が見えるという呪いのせいだ。恨みます神様。
本当に。テオドーロ殿下は私のどこが好きなのだろう。
「メリッサ」
声が聞こえたのは後ろからだった。反射的に振り返り、見えた姿に立ち止まる。
クイズにして以来初めて呼ばれた名前。驚いたのはそれだけでなく、別れた時との違いだ。
目の前にいるテオドーロ殿下は私がプレゼントしたタイピンをつけていた。じーっと見つめてしまう。
「ぁ……ありが、とう。プレゼント、大切に、する」(ど、どうなのだろう。ものすごくむずむずする)
つけて、くれたのか。初めて見た。
このために一度離れ、そして急いで追ってきてくれたのか。
私が選んだのは普段使い用の軽い物であるからどちらかといえば今の服装には不釣り合いに見えるものの、デザインがシンプルなためまあまあいいのかもしれない。
テオドーロ殿下のタイを凝視する。私のドレスと同じ、紺碧色。誕生日はいつもそうだ。この人はただ私とお揃いの物にしたいだけで、プレゼントをつけたくないわけでないことは知っていた。
それに、私に会わないところでつけているのは本当らしい。王太子というだけあって私がプレゼントした物を彼がつければその年の流行になる。どれだけ奇抜な柄でもそうなるから王太子というブランドはすごい。
それでも、私が見たいのはプレゼントした物と同じ物を身に付けている他人ではないのだ。
今回は私が悪い。他の人間からプレゼントを受け取っている間もテオドーロ殿下はいつもと違う私を気にかけていた。公の場で他人よりも私のことを考えている彼を見ている時の気持ちがあまり良いものとは思えなくて、それも一人になりたい理由だった。今は素直に嬉しいと思える。
……素直にならなければならないのは私もだ。
「テオドーロ殿下」
「へあ!?」(何だ!?)
すごく変な声がしたがスルーしよう。
「つけてくださったんですね。ありがとうございます。よくお似合いです」
面白いもので、みるみる顔が赤くなっていった。
(ゆ、勇気を出してよかった。今までもつければ良かった。あああ、可愛い! 好きだ!)
……それも言葉にしてくれればいいのに、と考えてしまう私は本当に面倒くさい。
もし今年もタイだったらどうなっていたのか。わざわざつけ替えてくれたか。
それを見たいと思った。
「テオドーロ殿下。タイのほうが良かったですか?」
「え……?」(いきなり何を? はっ、まさか気付かれたのか。いやしかしタイピンも嬉しいのだ。どう言えばいい)
わたわたと無意味に手を動かしている。何だかおかしくて、今までの溜飲が下がった。
「来年からはまたタイにしますから、つけてくださると嬉しいです」
今度は感情を込めて言えたと思う。表情が変わったかどうかは分からない。
「ぇ……ぁ……」(ち、違っ……違う。だが嬉しい。メリッサも何だか表情が明るいように思える。来年もつけよう。今度はもらったその時に必ず)
次はピーコック柄なんてどうか。特別派手なものにしよう。来年が楽しみだ。
(……? 何か寒気が……?)
不穏な空気を感じ取ったように険しい顔で周りを見回す。気のせいですよ、気のせい。
「じゃあ行こっか。さすがにこれ以上主役なしはきついでしょー」
「あ、ああ」(今度は……)
エディに言われ歩こうとする前に隣に来たテオドーロ殿下が手を差し出してきた。
先ほどの自分の決意を振り返り、素直に取る。今日は震えるどころかきゅ、と強く握られた。
「メリッサ」
また名前を呼ばれ、顔を上げればテオドーロ殿下が私をしっかりと見ていた。
「明日、こちらに来てくれないか。渡したいものがある」
明日。私の誕生日。
「……はい」
気付けば首を縦に振っていた。私としたことが、テオドーロ殿下の顔を見ることに気が引けてすぐ視線を逸らしてしまった。そのせいで心の声は見えなかった。
誕生祭があるため次の日に直接会うことはあまりない。万が一会ったとしてもプレゼントは屋敷に送られてくるのが常だった。お祝いの言葉すら言われたことがない。
テオドーロ殿下からのプレゼントはさまざまだ。兄やエディにアドバイスをもらっているらしく幸いにも私の趣味に合っている物が多い。
アクセサリーなど身に付ける物の時もあるけれど彼がつけないのだから、と意趣返しで私も彼の前では決してつけなかった。そういう時は私の誕生日の次に会うといつもより口数が少ないわりに私をちらちら盗み見し一人でしょげている。自分が私にしていることを分かっているのか。バカである。こういう日は暴言は少ない。
明日はどうなるのだろう。期待値は低くしたほうがいいと思うのに、強く握られたテオドーロ殿下の手を信じたいと願ってしまった。
「本当に訳が分からないんだが。何なんだこいつら最近どうしたんだ?」
「今はお互いがんばってる最中なんじゃない?」
「お互い……? よく分からない奴らだな」
奴らとは私まで入っているのか。遺憾だ。二人とも小声で話そうとは思わないのか。




