どうにかして
「ええ、いいわ」
「え?」
私の答えを意外に思ったらしく令嬢が戸惑う。
「エディが好きなわけではないけれど、私達別に恋愛関係じゃなくて政略結婚だもの。もし誰かが代わりに王子妃になりたいと言うのなら交代するわ。でも私の進言は陛下も王妃も殿下も誰も聞いてくれないの、貴女からぜひ強く希望してくださるかしら」
私の表情と声色では本気度が分からないかとぐっと親指を突き立てる。
「吉報を待ってるわ」
「……え?」
何故か私が勧めると皆ぽかんとする。自分のほうが王子妃に相応しいと言い散らかす人間でさえこうなる。
そして進言しないのか私は今まで婚約者のままだった。彼女こそは、と期待してじっと見てみる。すると。
「おおい! 何言ってんだ?!」
後ろから来ていた兄に強制的に頭を下げられた。パーティー会場は前の方向である。息が乱れているので私を探したせいか。相手の女性を見て少しだけ頭を掻くとゆっくり相手に近付いていく。
「申し訳ありませんがこちらの兄としては貴女の要求にお応えしかねます。それに貴女のようなお美しい方なら他にも引く手あまたでしょう、どうか別の方をお探しいただけないでしょうか。私が貴女の国の男性なら貴女が他国へ嫁ぎ会えなくなることなど歓迎できません。国に帰れば心の底から貴女を望んでいる方とお会いになれるはずです」
令嬢の頬が赤く染まっている。兄が締めに微笑んだ。我が兄ながら胡散臭い。
兄は自分の顔面偏差値の高さも長所も熟知していて、こういう時のお世辞の言葉を恥ずかしがらず発するから令嬢には効果てきめんだ。
「ま、まあいいわ」
と気分良さ気に髪を払い後ろを振り返って去って行ってしまった。王子妃になりたかったのではないのか?
兄の発言のせいとはいえ王子妃を諦めたであろう態度を不思議がっていると渋い顔で私を振り返る。いつもの兄が戻ってきてほっとした。
「おい、相手を焚きつけてどうするんだよ」
焚きつける? 私は心の中で思っていることを言っただけだ。そう伝えれば兄が額に手を当て大きな息を吐く。
「いや、分かってるよ、お前がいやなのは分かってるけど面倒事を増やさないでくれ。今までだって大変だったんだぞ。何人目かでテオがブチギレて王城から未婚の女性を全員締め出そうとまでしたんだ」
おお。どうやら実際彼女達は進言していたらしい。それなのに希望は叶わなかったのか、残念だ。
「お願いだからがっくりするな」
「王子妃となりたがっている人に明け渡すほうがいいと思わない?」
「あいつらは地位やお金目当てだぞ」
「それは悪いの?」
「国が潰れる。それにいくら王子とはいえテオが可哀想だろ」
そうだろうか。私と結婚しなければ可哀想となるほどの価値が私にあるだろうか。自分の感情が分からないくせにテオドーロ殿下からの愛情を求めている私よりは自らなりたい人に座を渡すほうがよほど建設的であると思う。
テオドーロ殿下が彼女達にどういう対応をしたのか分からないが、すぐ諦められるほどの気持ちだったのか。それなら残念じゃないのかもしれない。
それよりも、と先ほどの兄の発言を思い出す。テオドーロ殿下がブチギレて……?
「未婚の女性を、というのはいつのこと? 私、知らないわ」
「お前には知られないようにしてたんだよ。お前のことだ、私も未婚です、って真っ先に出て行くだろ」
確かに。全員というなら私もそうだ。さすが妹のことをよく分かっている。パチパチと拍手をしたら呆れた顔をされた。褒めたのに。
「というかなんで一番近いトイレじゃないんだよ。誰もいない女子トイレに話しかけてる変な奴だったじゃないか」
それにはごめんなさい、と素直に謝った。少々見てみたかったことは言わないほうがいい。
兄が溜め息をつく。
「ったく。まあいいや。誰か分からないけどあの女性も諦めただろ。早く会場に戻ろうぜ」
……やはり戻らなければダメか。このまま帰るという手段はないらしい。
未だテオドーロ殿下には会いづらいのだが、と内心戸惑っていると兄が私の頭に手を置きくしゃりと撫でてきた。
「それと、もう二度とああいうこと言うなよ。お前が他の女をテオに勧めていたなんて本人は知りたくない……」
……?
言葉の途中で手も止めた兄の視線の先に目を向ければ何故かテオドーロ殿下がそこにいた。
今日は誕生祭、主役の殿下がパーティー会場から抜け出すなど他の参列者が許さないはず。一応後ろに護衛としてエディがいる。
「テオ、何でここに?」
「……っ……っ……っ」(どういうことだ、彼女が他人に私を勧めていた? そんなに私との婚約がいやだったのか。今もいやなのか。それほどまでに私は嫌われて……)
兄が呆然としながらも言葉を発するが当のテオドーロ殿下は口を開けば暴言が出てくるのか唇を引き結んでいる。文字は激しく動いていた。
むしろ知らなかったのか。彼女達は私の名前を出さなかった? きちんと聞いていなかったのでは?
「あー、二人が帰ってくるの遅いからって来ちゃったんだけど……」
気まずそうにエディがぽり、と頬を掻く。お手洗いに行っていただけで随分な言われようだ。
兄は私の頭から手を離し私とテオドーロ殿下を交互に見た。焦っているのは何故だ。私は隠したいと思ったことはない。テオドーロ殿下を真っ直ぐ見つめる。
「…………もう、するな」(もういやだ、彼女以外の女性なんて)
消え入るくらいか細い声でぽつりと呟いた。思わず口を開く。
「するなと言われても、彼女達のほうから王子妃になりたいと言ってくるのです。私より貴方達に話したほうがいいと言うのが悪いことですか?」
「……私をつまらないことに巻き込むな」(もう二度と勧めないでくれ)
この男、分かっていない。
「テオドーロ殿下。それは反対です。貴方が何もしてくださらないから私に言いに来る女性が絶えないのでしょう? 私に話されてもどうしようもないことですから貴方達に話してほしいと言っているのです。つまらないことに巻き込まれているのは私です」
一令嬢に過ぎない私にこの問題を解決する力などない。あるのは目の前の彼。
「……っ」(何も……していないわけでは……)
「ああ失礼、国内は対処してくれたのでしたね、感謝いたします。ですが王子妃となればますます外交関係の問題があるでしょう、何とかしてもらいたいものです」
つい心の声に返事をしてしまったがテオドーロ殿下の勢いはない。
しばらくしてぼそりと一言
「……分かった」(彼女の言う通りだ。私がきちんとしていれば言い寄る女などいなくなる。メリッサに苦労をかけないようにしなければ。婚約解消されたくない)
苦労の大部分は貴方ですが。
テオドーロ殿下がもし素直に私を望んでくれていたら、きっと間に入ろうと周りに思われないほどに……なれるだろうか。
私と彼が人の目も憚らないほどいちゃいちゃと?
すごい、まったく想像がつかない。そもそもそこまで行くのは私の目標じゃない。
それと。
テオドーロ殿下の隣に並び彼の顔を見上げた。
「ありがとうございます。……今回は、一人になった私の落ち度です。申し訳ありません」
彼の傍にいない間エディの傍にいるのは私なりの自衛手段だ。王太子の婚約者である私に危害を加えようとする者は過去に何人もいた。それなのに、今回それを自ら怠った。あの令嬢の視線に気付いていたにも関わらず、彼を見ていたくないというつまらない理由で。
テオドーロ殿下達がここにいるのは私のためだと気付いている。迎えに来てくれた、それで先ほどのもやもやが少し晴れている私は性格が悪い。彼が今までの令嬢達にブチギレたと聞いた時も微かに喜んでしまった。
勝手にしておいてテオドーロ殿下にはあの令嬢と違い簡単に私を諦めないことを望んでいる。私は我侭だ。
「いや……」(メリッサが謝る必要など……謝る姿など見たくない。ああ、きちんと言葉にできたら)
「戻りましょう」
テオドーロ殿下が言いたそうなのを制して声をかける。何であろうと聞きたいとは思えない。
パーティ―会場に向かって歩こうとすると、テオドーロ殿下は別の方角を向いた。
「エディ、すまないが少し付き合ってくれ。カルロは彼女をよろしく頼む」
「へ? う、うん」
言うなりエディを伴いどこかへ行ってしまった。
一体、どこへ?




