感謝しないで
町どころか国全体がにぎわっている。本日は王太子、テオドーロ殿下の誕生日だ。
悲しいことに私と彼の誕生日は近い。テオドーロ殿下のほうが僅か一日だけ早く、彼の誕生日に一緒に祝われてしまうことが多い。
私からのプレゼントはいつも決まっている。タイだ。しかしそれを彼が身に付けたところは一度も見たことがない。大事にしまっているだの照れくさくて会わない時だけつけているだのフォローの言葉は止まないが私は見ていないのだから知るものか。
ムカついてタータンチェック、麻の葉、ボタニカル、ペイズリーとだんだん着られるものなら着てみろ、と挑戦的な柄になっていった。彼も毎回初めて見る時は暴言も出ずにフリーズしている。
今年は少し変えてタイピンにしてみた。クリップ式のシンプルな銀色。これなら普段使いできていろいろなタイに合わせやすいからフリーズすることもないだろう。
テオドーロ殿下もつけてくれるはずだ。
彼が待つ部屋に向かう途中、ポケットの中にある小さな箱をそっと手に持った。
「お誕生日おめでとうございます」
「……ふん」(嬉しい!)
礼をしたところそっぽを向かれたが頭の上は大きな赤色だ。
当然のことながら今日の彼のタイは私がプレゼントしたものではない。そして今回も見惚れておいてドレスを褒める言葉もない。ペナルティを増やしてやろうかと思ったが暴言も吐いていないので及第点、としておこう。
メインはここからだ。
ポケットの中に手を入れてプレゼントを前に出した。
「プレゼントです。どうぞ」
「ふん」(やった!)
喜んでいないで受け取ってほしいのだが。
「もしよろしければ、つけてくださると嬉しいです」
もう言い慣れた言葉。今更感情は湧かない。どうせ私が見ることはない。
「ふ、ふん」(もちろんつけるに決まっている。つけたい。メリッサからもらったものなのだから。……あれ、小さい?)
ふんふんうるさい。
やっと私の手から持って行ったと思うと、頭の上にはてなマークが出た。そのままリボンを解いて包装紙をはがしていく。箱を開けて、しばらく放心していた。
……どういう感情だったか、私には分かった。
「…………あ、ありが、とう」(なんだ、今年はタイではないのか。がっかりだ)
気に入らないならつけなくていいです。
口走りそうになって手で口を覆う。いつもは「ああ」の一言だけだった。彼にしては頑張ったのだ。ここで文句を言うと私が悪者になってしまう。
しかし、なるほど。こういう時もあるのか。つくづく呪いという単語が相応しい。相手の心を読んでいいことなどありはしない。神様はそんなことも分からないのか。
……バカ。
パーティ―会場に行く時間になりテオドーロ殿下が手を差し出してきたが私は取らなかった。今はエスコートされる気分ではない。
先を歩く私の後を追うように隣に並んできた。頭の上の文字が動く。
(あ、あれ? 何かいつもと違う……今回は私、暴言吐いてないよな? はっ、まさか無意識のうちに? ああああああああ)
勝手に勘違いして喚いていた。引率する立場であるエディが頭だけ振り返り視線を送ってきたがそれも無視した。
* * *
仕方がなくダンスをし、いつもと同じように一回で離れる。私がいつもと違うとテオドーロ殿下は頭の上の文字で考えているが行動は例年と同じであった。ここから彼は祝いの挨拶に来る人々の対応に追われる。
後ろに控えているエディの傍に向かう。視線はテオドーロ殿下から離さず、小声で私に話しかけてきた。
「どうしたの? 兄さんが珍しく素直に感謝したのに」
あれは素直な気持ちじゃなかったわよ。
「頭の上の文字に何かあったの?」
私が言わずとも気が付きそれからも小声で質問されたが何も答えることはなかった。
「君が不満を何も言ってこないのも珍しいね」
「…………私も戸惑っているの」
「え? 感謝されて?」
そちらではない。
私は、今の自分の気持ちを言葉にできない。
毎年フリーズしていたのだ。タイピンにしたところで同じ反応でも不思議ではなかった。それなのに、私はあの方に何を期待していたのか。
暴言を吐かれてもこんな気持ちになったことはない。
テオドーロ殿下は次々と来る誕生日プレゼントを受け取っている。
王太子としての笑顔も社交辞令もばっちりだ。
私には向けられない朗らかな笑顔によどみない感謝の言葉。
それを羨ましいとは思わない。むしろ、それを自身に向けられた時私は今と同じような心境になるのかもしれない。
「……ちょっと失礼するわ」
入り口へ向かおうとするとエディが慌てたようについてくる。
「ちょ、ちょっと待って。どこ行くの? 今は一人にならないほうがいいよ」
「お手洗い。貴方こそ、テオドーロ殿下から目を離してはいけないはずよ」
彼の護衛という仕事があるのだから。エディはテオドーロ殿下と私を交互に見つめる。
「それはそうだけど、それでもせめてカルロを……って、待って!」
振り返り兄を探そうとしたエディを置いて早足で歩いて行く。本当に行きたいわけではない。
ただ今は少しだけ一人になりたかった。
* * *
だからといっていつまでもお手洗いにいるわけにもいかない。私の王城での滞在時間は短いためあまり使ったことがないが綺麗である。鏡に映った自分を見つめるものの、相も変わらず無表情。一体何を考えているのか自分でも分からない。
一人になりたくて会場から少し遠い所にしたから今頃兄が探しているはず。行かないと怒られる。
そう思い扉を開けたところ、入り口の前で人が立っていた。
女性でなければ警備を呼んでいるところだ。私が一人になるのがここしかないとはいえこの時点で変な女である。
「少々お時間よろしいかしら?」
質問の体であるが私を行かせる気はなさそうだ。良くない、と言ったらどうなる。少し言いたくなった。私が答える前に令嬢の口が開く。
「貴女がテオドーロ王太子様の婚約者なのよね? けれど貴女、ずっと弟さんと一緒にいたじゃない。本命は弟さんなのかしら?」
……もしかしてこの人、エディの名前を知らない?
王となるのは一人だけとはいえ、長子相続って怖い。
もちろん視線には気付いていた。エディが私を一人にさせたくなかった理由も彼女だ。
あの二人、顔だけはいいから。中身を知らない人間がこうして騙される。
やはり私の返事を待たず令嬢は自信気に胸に手を当てる。
「もしそうなら私が貴女のかわりに王子妃になってあげてもいいのよ? いやいや王子妃になることはないわ」
あまり見たことがない女性。恐らく他国の者。
十年間も婚約者なのだ、国内ではこういう者はいなくなった。非常に口惜しいことである。
私が言う言葉はいつも決まっている。




