十一夜
仕方なくバイクを引き取ることにした私にマリが手渡したものがある。
「転ばぬ先の杖だよ」
見るとそれは真っ白なレーシングースーツ。万が一転んでも、これを着ていれば怪我が少なくなるというもの。マリも少しは心配しているんだと茶化しながら受け取った。
マンションに帰るとバイクを地下にあるも物置スペースに押し込んだ。このマンションで唯一自慢のできるのがこの物置だ。鍵もかけられるし、多少大きなものでも入れて置ける。
社会に出てからはバイクに乗る機会はめっきりとなくなった。次にこのバイクに乗るのはいつになるのか。鍵を閉めながらそんなことを考えた。
しかし、意外にその日はすぐ目の前に来ていたことを私は知る由もなかった。
バイクを受け取って三日たったある日。会社で上司の失敗にもかかわらず、私が攻められるという事態が起こった。社会の組織なんてこんなものだとは知ってはいたが、何か釈然としないままマンションに帰ってきた。
部屋の明かりをつけると壁にかけられた白いレーシングスーツが目に入った。
10分後、私はバイクに跨って夕暮れの街へと吸い込まれていった。
夜の帳が更けるにつれて、首都高を這いずり回る車が減っていく。
日付の替わる頃、私は何周目かのC1の上を走っていた。
昔誰かに聞かれたことがある。
「早く走るってどんな感じなんですか?」
私は答えた。
「フィギアスケートを踊っているようなもの。右に左に華麗に滑る。そんな感じよ」
その夜の私はまさに踊り続けるスケーターのようだった。目の前にあのロザリオを拾ったゼブラゾーンが見えてきた。
今日何回目だろう。
急に体が軽くなる気がした。
世界がまるで綿菓子で出来ているような。
上も下も右も左もなのもない世界。その後の記憶はない。
目が覚めると何か規則正しく響く電子音、まぶしい光、夏なのに肌寒さを感じる体。誰かが一生懸命何か叫んでいる。
「五月蝿いな~」
私はまた白い世界へと引き戻されていった。
次に気が付いたときには横にマリがいた。自分が白いベットの上に寝ていることもわかった。
事故った。
すぐに理解できた。体のあちこちに痛みがあったからバカでもわかる。指も足も動く。
「大丈夫だな」
軽症で済んだみたいだ。




