表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
兵站王の戦記〜追放王子の無敗論理〜  作者: リリリリス
第2章 大陸篇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
76/81

第76話:領域侵食の獣(バッファ・オーバーフロー)と完全消去(ガベージコレクション)の鉄槌

死の海――「未初期化領域アンアロケーテッド・スペース」に敷設されたばかりの氷の軌道を、超弩級列車『リヴァイアサン』が猛烈なスピードで爆走する。


その前方に立ちはだかったのは、無数のバグコードと未定義データがねじれ合って生まれた巨大な異形、『領域侵食のバッファ・オーバーフロー』だった。形を持たないはずのノイズが、世界の処理限界を超えたことによって「物理的な破壊衝動」という最悪のバグとして実体化していた。


「キィィィン、ガガガガガガッ!!」


獣が咆哮を上げた瞬間、リヴァイアサンの周囲の空間に、黒いヘドロのような「不正なデータ群」が土砂降りの雨となって降り注いだ。それは接触した物質のメモリ領域を強制的に上書きし、存在そのものを文字化けさせて崩壊させる恐るべき攻撃だった。


「防衛システム展開! 陛下の敷いたレール(領域)に、ゴミデータを一滴たりとも落とすな!」

先陣を切ったのは、近衛騎士団長ガイウスだった。彼が大盾を天へ掲げると、帝国兵たちの放つ魔力が一つに結集し、巨大な黒鋼の光のドーム――強固なファイヤーウォール(パケット・フィルタリング)を列車の周囲に展開した。


黒いヘドロがドームに激突し、凄まじい火花とエラーログを散らす。

「ぐっ……! な、なんという質量だ! 防壁の耐久値メモリが、急速に削られていく!」


「あはははは! 面白い、面白すぎるよ!」

ガイウスの背後から、ルナが歓喜の声を上げながら飛び出した。彼女は両手に持った特製の注射器デバッガーを、侵食の雨の隙間を縫って獣の本体へと投擲した。

「ボクの『例外処理薬エクセプション・ドラッグ』を食らいな! 君の未定義な細胞配列に、強制的に終了コードを割り込ませてあげる!」


紫色の薬液が獣の表皮で弾け、バグコードの一部が溶解して白煙を上げる。しかし、獣は痛覚の定義すら持っていない。削られた端から周囲の混沌を吸収し、さらに巨大に、さらに凶悪な姿へとバッファを膨張させていく。


「おい王子! 敵の質量がデカすぎる! このままじゃ敷設した軌道の限界領域キャパシティを食い破られて、列車ごと海のクラッシュへ真っ逆さまだぞ!」

操車室のバルドが、悲鳴を上げる計器を叩きながら通信機で叫んだ。


だが、艦首デッキに立つアルスの瞳に、焦りの色は微塵もなかった。

彼は迫り来る巨大なバグの津波を冷徹に見据え、右手の【掌握の刻印】を静かに展開した。


「慌てるな。敵がこちらの確保した領域バッファから溢れ出ようとしているなら、溢れた瞬間に、システムにとって不要な『参照されないデータ』として処理すればいい」


アルスの思考が、世界の深淵の論理へとダイブする。

しかし、これほど巨大なバグデータを一括で消去するためには、対象の動きを完全に「静止フリーズ」させ、計算リソースを一つの関数に集中させる必要があった。


「――ならば、私が止めますわ。貴方の論理に、一ミリのエラーも割り込ませはしません」


アルスの背中に、冷たくも甘い、極上の温もりが密着した。

ロザリアがアルスの首筋に腕を回し、自身の生身の手をアルスの刻印へと重ね合わせる。彼女の白く美しい肌から、未定義の混沌すらも凍りつかせる絶対零度の魔力が、青白いオーラとなって立ち昇った。


「アルス様。あの醜いバグは、私たちがこれから紡ぐ新しい世界の歴史には、一文字たりとも必要のない『ゴミ(ガベージ)』ですわ。……私の愛のすべてを使って、あいつの時間を止めてみせます!」


「ああ、頼む、ロザリア。お前のその絶対の愛(定数)こそが、私の計算を完成させる唯一の鍵だ」


アルスはロザリアの腰を左腕で強く抱き寄せ、彼女の唇に一瞬、しかし熱烈な口づけを落とした。

そのキスを合図トリガーとして、ロザリアの【最高純度静止魔力】が爆発した。


「凍りなさい……ッ!!」


ロザリアの叫びと共に、リヴァイアサンから放たれた極低温の波状攻撃が、迫り来る黒い津波と獣の本体を直撃した。バグデータの狂ったような振る舞いが、ミリ秒単位で減速し、ついには完全な「氷の彫像デッドロック」として海上に固定された。


「完璧だ、ロザリア。対象のメモリ参照ポインタの完全な断絶を確認した。これより、不要データのパージを実行する」


アルスの銀色の瞳が、極光のごとく輝きを放つ。彼はロザリアと重ね合わせた手を天へと突き出し、世界の基盤システムへと直接命令コマンドを叩き込んだ。


「システム・完全消去ガベージコレクション! 我が王国のメモリ空間に寄生する無価値なバグよ、虚無の彼方へ消え去れ!」


二人の刻印から、太陽すらも凌駕する純白と漆黒の閃光が放たれた。

その光が氷漬けになった『領域侵食の獣』を貫いた瞬間、音すらなく、獣の巨体は光の粒子――ただの「0と1」の羅列へと分解され、死の海の未定義領域へと完全に還っていった。


圧倒的な消去の鉄槌。

ヘドロの雨は晴れ、リヴァイアサンの周囲の空間には、再びエリュシオンの澄み渡った論理の静寂が戻ってきた。


「……はぁ、ふぅ。やりましたわね、アルス様」

極限の冷却魔力を放出したロザリアは、少しだけ上気した頬をアルスの胸に擦り寄せながら、嬉しそうに微笑んだ。


「ああ。お前という最高の冷却装置クーラーのおかげで、帝国のメモリは今日もクリーンに保たれている」

アルスは彼女の美しい銀糸のような髪を優しく撫で、その額に深い愛を込めて口づけをした。


「お、おい! 王子! 前を見ろ!」

バルドの興奮した声が、ドックのスピーカーから響き渡った。


バグの獣が消滅し、死の海を覆っていた深いノイズの霧が晴れていく。

その向こう側、遥か水平線の彼方に――彼らの知る大陸とは全く異なる、金属的な光沢を放つ巨大な幾何学構造の沿岸線が見え始めていた。


それは、未知のプロトコルで構築された他大陸。エリュシオン・カーネルがまだ接続を果たしていない、完全なる『外部サーバー』の姿だった。


「……どうやら、向こうの『ポート(港)』が見えてきたようだな。ゲートは閉じているようだが、相手が拒絶するなら、力ずくでハッキングして開けるまでだ」


アルスは目を細め、新天地を見据えながら冷たく微笑んだ。

その腕の中には、彼を絶対の愛で見つめるロザリアがいる。


新たなる世界、新たなるバグ、そして新たなる秩序の構築。

死の海を渡り切った帝国軍は、皇帝と皇后の理性を超越した絆を乗せ、未知なる大陸との『ファースト・コンタクト』へと、その鋼鉄の車輪を突き進めていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ