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兵站王の戦記〜追放王子の無敗論理〜  作者: リリリリス
第2章 大陸篇

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第67話:無限回帰(インフィニット・ループ)の忘却

第五の層における相互デッドロックを、ロザリアの放った「絶対優先処理インターラプト」によって力ずくでこじ開けた王国軍。超弩級列車『ガルガンチュア』は、狂ったように回転を再開した鋼鉄の車輪を軋ませながら、ついに『世界の墓標グランド・コア』の第六のレイヤーへと侵入していた。


だが、そこは目に見える敵も、荒れ狂う嵐もない、奇妙なほど平穏な回廊だった。 灰色の大地には、幾何学的に完璧な等間隔で並ぶ柱の列がどこまでも続いており、その景色はどれだけ列車が進んでも、まるで一歩も動いていないかのように変化しなかった。


「……おい、王子。なんか計器の様子がおかしいぜ。列車の速度計は時速百キロを示してるんだが、距離メーターがさっきから『〇・〇〇』のままピクリとも動かねぇ。同じ柱の横をずっと走り続けてるみたいだ」


操車室のバルドが、首を傾げながら通信機に声を吹き込んだ。 その直後、戦略室のガイウスが重厚な足音を響かせて進み出て、いつものように敬礼を交わす。


「殿下、前方の索敵網に異常を感知しました。……いえ、先ほどと同じ報告になりますが、前方数キロの空間に『我が軍のガルガンチュアの尾部』が観測されています。私たちは、自分自身の背中を追いかけて走っているようです」


「あはは! これって究極の鬼ごっこじゃん!」


ルナが医療器具をいじりながら、いつものように狂気的な笑声を上げる。


「ボクが今から自分の後ろを走っている自分を解剖しに行ったら、ボクのメスはどっちのボクに刺さるのかな?」


中央演算室のシートに座るアルスは、彼らの言葉を聞きながら、右手の【掌握の刻印】を静かに明滅させていた。彼の超人的な頭脳が、ログの最深部に刻まれた「致命的な違和感」を捉えていた。


「……いや、違う。バルド、ガイウス、ルナ。お前たちがその全く同じセリフを口にするのは、これで『一〇二回目』だ」


アルスの冷徹な声が室内に響いた瞬間、ホログラムの画面が激しく明滅した。 この領域の正体。それは、世界のシステムが処理を完了できずに同じコードを永遠に繰り返す『無限回帰インフィニット・ループ』の罠だった。この空間に足を踏み入れた瞬間、物質の位置情報だけでなく、人間の「記憶」や「時間」までもが、六〇秒ごとに完全に初期化リセットされ、同じ行動をループさせられていたのだ。


バルドたち三人は、自分たちがループしていることすら、リセットされるがゆえに認識できていない。 アルスだけが【掌握の刻印】のキャッシュ領域(外部メモリ)によって辛うじて記憶を維持していたが、それも限界に近かった。ループを脱出するための『break(中断)』の条件式を演算しようとしても、その計算に必要な時間は「六五秒」。しかし、世界のシステムは「六〇秒」で無情にもすべてをリセットしてしまう。


あと五秒、時間が足りない。 計算が完了する直前にすべての記憶と数式が消去され、また「一〇二回目」の最初からやり直しになる。完璧な論理の王たるアルスですら、この絶対的な時間のタイムリミットの前に、冷たい絶望の沼へと引きずり込まれかけていた。


「くそ……、またリセットの周期クロックが来る。あと、一〇秒……。私の、思考が、消える……」


アルスの銀色の瞳から、明晰さの光が薄れかけたその時――。


「――消させませんわ、アルス様。世界が貴方の記憶を奪うというのなら、私のこの胸が、貴方の『五秒』を永遠に覚えておきます!」


冷徹な静寂を引き裂いて、ロザリアがアルスの身体を正面から強く抱きしめた。 彼女は、自身の【掌握の刻印】をアルスの刻印へと直接噛み合わせるように繋ぎ、その潤んだ瞳を激しい愛の炎で燃え上がらせていた。


ロザリアもまた、ループの罠にかかっていた。しかし、彼女の魂の最深部にある「アルスへの絶対の情愛」という定数だけは、世界の初期化プログラムであっても消去することができなかったのだ。彼女は過去一〇一回のループの中で、リセットされる直前のアルスの「演算の残滓(残り五秒のデータ)」を、自身の氷属性魔力によって凍結し、魂の奥底にディープ・キャッシュとして蓄積し続けていた。


「受け取りなさい、アルス様! これが、私が命を削って凍らせてきた、貴方の『失われた時間』ですわ!」


ロザリアの胸の奥から、爆発的な冷気と共に、過去すべてのループで蓄積された膨大な「記憶のデルタ(差分データ)」が、アルスの脳細胞へと一気に逆流インジェクションした。


「ぐ、ああああああっ!!」


脳が破裂するほどの激痛と同時に、アルスの頭脳の中で、消え去っていたはずの数式が完璧なパズルとなって組み上がった。ロザリアという名の「外部ストレージ」が、世界の制限時間を完全に突破させたのだ。


アルスの瞳に、かつてないほどの絶対論理の狂気が蘇る。彼はロザリアの腰を強く抱き寄せ、【掌握の刻印】を虚空へと掲げ、無限ループの終了条件式を力任せに叩き込んだ。


「システム・強制割込み(ループ・ブレイク)。この永久に循環する無駄な忘却の連鎖を、我が王国の論理を以て今すぐ書き換え(オーバーライト)する!」


アルスとロザリアの共鳴した魔力が、ガルガンチュアから時空を切り裂く青白い光刃となって放たれた。 その光が周囲の幾何学的な柱に接触した瞬間、パリィィィン!! と、世界がひび割れるような凄まじい音が響き渡り、灰色の回廊の景色が一瞬にして霧散した。


距離メーターが猛烈な勢いで回り始め、前方に見えていた列車の尾部も消え去った。 ついに、ウロボロスの鉄路は無限の忘却を脱出し、真の第六層の大地へと突き進んだのだ。


「う、うお!? なんだ今の感覚は……!? お、おい王子、距離メーターが動きやがったぞ! 第六の楔、ぶち込んでやるぇぇ!!」


バルドが記憶の連続性を取り戻し、雄叫びを上げながら超弩級レバーを引き絞った。ガルガンチュアの前面から放たれた黒鋼のレールが、轟音と共に世界の深淵へと突き刺さる。


「……はぁ、ふぅ、アルス、様……」


過去一〇〇回以上の記憶と魔力を自身の魂で維持し続けたロザリアは、極限の精神疲労によって、大理石のように白く冷え切った身体のまま、アルスの腕の中で崩れ落ちた。


アルスは彼女をきつく抱きしめ、自身の体温のすべてを彼女に分け与えるように、その額に、そして頬に、何度も深く唇を寄せた。


「ロザリア……。お前は、本当に……。私の論理を完成させる、唯一の奇跡だ」


アルスの声は、かつての冷徹なマシーンのそれではなく、激しい情愛に震えていた。彼はロザリアの顎を優しく持ち上げると、疲れ果てた彼女の唇に、自身の唇を深く、熱く、重ね合わせた。 それは、無限の忘却の中でも決して消えることのなかった、二人だけの「不変の約束(定数)」。


世界の余命があと八年という極限のカウントダウンの中、アルスとロザリアの、理性を超越した愛のシステムは、世界のバグを新秩序(Order)へと書き換えながら、ついに世界の墓標の核心へと肉薄していく。

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